伊井 直行
この本の書きだしはこうだ。
お母さんとお父さんが出会ったとき、お母さんは三十六歳だった。お母さんはわたしを産んだ後、三十八歳で亡くなった。
お父さんには、物心がつく前から知り合いだった長いつきあいの友人がいる。二人は幼稚園から高校まで同じ学校に通った。お父さんとその友人は、市を二分する激流の川にかかる橋のたもとでお母さんとすれちがう。
二人は十七歳だった。
もっと早く伊井直行を知っていたらと後悔しています。この本以外全て絶版、もっと伊井直行を読みたいと思っても読めません。傑作と評価の高い「濁った激流にかかる橋」はこの本と同じ町を舞台としている話なのですが、もちろん絶版、読めません。マイナーな作家の、とんでもなくおもしろい小説にうっかり出会ってしまいますと、こんな目に合います。
先に引用した書きだしがこの本のすべてを物語っているといっても差し支えありません。まだ生まれていない娘の視点から始まる不思議な語り口と、ちょっと切ない恋の物語です。そして、物語そのものは全然さわやかではないのですが、読後感はさわやかなのです。語る力というのはこういうことなんだと思わせられる一冊でした。
コメント