川島誠
日本版「キャッチャー・イン・ザ・ライ」とかなんとか書かれているのだけれど、初期の読書体験時にSFとミステリに魂を捧げた人間としては、名作文学には縁が無かったというか、見向きもしなかったわけで、圧倒的にその方面の経験値が少ない。
「キャッチャー・イン・ザ・ライ」もおおよその内容は知っているものの読んだことが無いので、比較しようが無いわけでした。
この本が出た当時、1991年にこれを児童文学として出版したのは確かに凄いというか、いろいろと問題ありまくりだっただろうなぁと想像したりもするけれど、「800」と比べると今ひとつ。もっとも、「800」はこの作品の後に書かれたものなので、「800」の方が優れているのはあたりまえなのだけれど、今から川島誠を読み始める人は、「800」を読むのは一番最後にしたほうがいい。
主人公は最後に担任の女教師の部屋に侵入し強姦しようとするのだけれども、放火魔に遭遇して計画を断念する羽目になる。何じゃそりゃという結末かもしれないけれど悪くない結末だ。世の中に突発的な出来事というのはそうあるわけではないけれど、偶にはある。世の中の犯罪というのは、こういった突発的な出来事が、犯罪を犯そうとしている人たちの前に起こらなかったためにそのまま遂行されてしまった結果だといえる。そのように考えると、今まさに犯罪を犯そうとしている人たちの前に、何かしらの突発的な出来事が起こりまくって欲しいと思うのは間違ってはいないはずだ。たとえそれが神頼みにすぎないとしても。
今から14年も前にこんな作品が書かれていたというのは驚くべき事かも知れないが、もっとも驚くべき事は、30歳を過ぎた作者がこのような文章を書いていたということだろう。それは、まるで主人公がそばにいて耳元に直接話しかけてくるような文章だ。もっともこのあたり、好き嫌いが別れるかもしれないのだけれど。
そして「800」はもっと凄いから読んで驚け!
「キャッチャー・イン・ザ・ライ」もおおよその内容は知っているものの読んだことが無いので、比較しようが無いわけでした。
この本が出た当時、1991年にこれを児童文学として出版したのは確かに凄いというか、いろいろと問題ありまくりだっただろうなぁと想像したりもするけれど、「800」と比べると今ひとつ。もっとも、「800」はこの作品の後に書かれたものなので、「800」の方が優れているのはあたりまえなのだけれど、今から川島誠を読み始める人は、「800」を読むのは一番最後にしたほうがいい。
主人公は最後に担任の女教師の部屋に侵入し強姦しようとするのだけれども、放火魔に遭遇して計画を断念する羽目になる。何じゃそりゃという結末かもしれないけれど悪くない結末だ。世の中に突発的な出来事というのはそうあるわけではないけれど、偶にはある。世の中の犯罪というのは、こういった突発的な出来事が、犯罪を犯そうとしている人たちの前に起こらなかったためにそのまま遂行されてしまった結果だといえる。そのように考えると、今まさに犯罪を犯そうとしている人たちの前に、何かしらの突発的な出来事が起こりまくって欲しいと思うのは間違ってはいないはずだ。たとえそれが神頼みにすぎないとしても。
今から14年も前にこんな作品が書かれていたというのは驚くべき事かも知れないが、もっとも驚くべき事は、30歳を過ぎた作者がこのような文章を書いていたということだろう。それは、まるで主人公がそばにいて耳元に直接話しかけてくるような文章だ。もっともこのあたり、好き嫌いが別れるかもしれないのだけれど。
そして「800」はもっと凄いから読んで驚け!
コメント
「800」の方を先に読んだクチでしたが、この作品を読んだとき、暫く同一の著者の作品だと気付きませんでした。
自分が鈍いのか、文章の持つ雰囲気が変わった為なのか・・・
川島誠信者としては…
描く年代によって表現を変えてしまうところが川島誠の凄いところと言っ
てしまおう(嘘)
「800」が別格なだけです。