久しぶりに式貴士の短編を読み返したわけですが、やっぱりいいなあ。
といってもここに収録された「窓鴉」は式貴士のある一面であって、こういう傾向の話ばかりを書いているんだと思って式貴士の作品群を読み進めていくとびっくりすることになるんだけれども。
センチメンタルな部分はあくまで根底の部分であって、表面はエロ・グロ・ナンセンスなわけで、そもそも「窓鴉」が収められた式貴士の『イースター菌』には「チンポロジー」というとんでもない短編が平然と収録されている。
ああ、瀬名秀明も私と同じく「窓鴉」を読んで、そして「チンポロジー」も読んだんだよなあと思うと、なんだか瀬名秀明の覗いてはいけない恥ずかしい一面をかいま見てしまったような気がする。もっとも、そんなふうに考えてしまう自分のほうがよっぽど恥ずかしいのだけれども。
まあそれはともかく、瀬名秀明の解説を読むと、ああまだ「SF」というものにこだわっているんだなあと思ってしまった。2001年のSFセミナー以来とすれば三年間である。
名作と呼ばれているものを読んでつまらなかったとしても悩む必要なんかないのにと思うんだけど、作家としての立場もふまえると、そうは言っていられないのもよく判る。けれども作家志望の人たちを対象とした本ではないのだから、こんな事書かなくってもいいのに。
最初は、自分が面白いと思う本だけ読めばいいのだ。読んでいくうちに視野も広がる。そもそもこの世界には一生かかっても読み切れないだけの本があるのだから名作がつまらなかったからといって悩むのは馬鹿らしい。
といってもここに収録された「窓鴉」は式貴士のある一面であって、こういう傾向の話ばかりを書いているんだと思って式貴士の作品群を読み進めていくとびっくりすることになるんだけれども。
センチメンタルな部分はあくまで根底の部分であって、表面はエロ・グロ・ナンセンスなわけで、そもそも「窓鴉」が収められた式貴士の『イースター菌』には「チンポロジー」というとんでもない短編が平然と収録されている。
ああ、瀬名秀明も私と同じく「窓鴉」を読んで、そして「チンポロジー」も読んだんだよなあと思うと、なんだか瀬名秀明の覗いてはいけない恥ずかしい一面をかいま見てしまったような気がする。もっとも、そんなふうに考えてしまう自分のほうがよっぽど恥ずかしいのだけれども。
まあそれはともかく、瀬名秀明の解説を読むと、ああまだ「SF」というものにこだわっているんだなあと思ってしまった。2001年のSFセミナー以来とすれば三年間である。
名作と呼ばれているものを読んでつまらなかったとしても悩む必要なんかないのにと思うんだけど、作家としての立場もふまえると、そうは言っていられないのもよく判る。けれども作家志望の人たちを対象とした本ではないのだから、こんな事書かなくってもいいのに。
最初は、自分が面白いと思う本だけ読めばいいのだ。読んでいくうちに視野も広がる。そもそもこの世界には一生かかっても読み切れないだけの本があるのだから名作がつまらなかったからといって悩むのは馬鹿らしい。
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