夏の庭

夏の庭―The Friends (新潮文庫)

  •  湯本 香樹実
  • 販売元/出版社 新潮社
  • 発売日 1994-03

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時々、児童文学が読みたくなる。いや読みたくなるというのは間違いで児童文学の方が、私を読んでくれと問いかけてくる。
普段は目にも留めないのだが、ある時突然、自分の視界にその本が入ってくるのだ。
まあ、そんなことは一年にいっぺんあるかどうかのことで、前回は『十一月の扉』の時だったから、けっこう時間が経っている。
で、今回、飛び込んできたのは湯本香樹実の『夏の庭』だった。
その昔、まだ小学生だったころ、近所に「タネヤ」とあだ名されるおじさんがいた。昔、種を売る商売をしていたことから「タネヤ」と呼ばれるようになったらしい。
平日の昼間から近所をぷらぷらと歩き回り、小学校の校庭をじっと眺めていたり、話しかけてもまともに受け答えせず、そのころの僕たちの情報ネットワークの中においては頭の弱い変なおじさんであった。
目の前で家族を事故で亡くしてしまったためにおかしくなったとか、そういう情報が流れていたのだけれども、それはあくまで子供たちの世界のうわさ話であって、近所の大人達は彼を変質者扱いしていなかったわけだから、実際のところはごく普通の無口なおじさんだったのだろう。
しかし、それは大人の世界の話であって、子供の世界ではおかしなおじさんだったのだ。近寄ってくればからかい、相手が怒りだせば逃げていた。
そんな残酷な子供だったのだが、一度だけ「タネヤ」とまともに話をしたことがあった。
インタビューと称して彼の家に行き、いくつか質問をしたのである。その時に何を聞いたのかは今となっては思い出せないのだが、まあたいしたことは聞いていなかっただろう。そもそも変な人ではないのだからごく普通の答えしか返ってこなかったはずだ。
そして、聞きたいことを聞いて、僕は「タネヤ」に興味をうしなった。それだけだった。
児童小説の主人公だったならば、人生の何かしらを学んで成長したのかも知れないが、私の場合は何も学ばなかった。
そんな「タネヤ」も今はいない。いつからいなくなったのかも知らない。気がつけば見かけることは無くなり、そして彼の家も更地になってしまった。
だから私の中では依然として、「タネヤ」は変なおじさんであり続けている。無論それが間違ったことであることも理解しているので、時々、あのときの行為を後悔し、そして悲しくなるのだ。

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