1941年、日米開戦前夜、日本海軍の動向を探るためにアメリカ海軍情報部は日本に向けて日系アメリカ人ケニー・サイトウをスパイとして送り込む。
ケニー・サイトウはスペイン内戦で、民主主義の大義のため義勇軍として戦ったという経歴がありながらも、理想とする社会の現実に絶望し、殺し屋として生計を立てている。しかし、民主主義の理想に絶望しながらも完全には捨て切れていない。そんな主人公の姿に共感したくなるのだが、史実としては日本は真珠湾への奇襲が成功しているので彼の任務は失敗に終わることが決められている。ではいかにして彼の任務が失敗に終わるのか。それはジャック・ヒギンズの『鷲は舞い降りた』に通ずる面白さである。
『針の眼』におけるスパイがヒトラーの絶対的な信頼を受けているのに対して、ケニー・サイトウは絶対的な信頼を受けているわけではない。彼が発信した情報が信用されるかどうかも定かではない。つまり、任務には成功してもその情報が信用されなかったという解釈の余地が残されているので物語の最後まで緊張感が続く。
一方、ヒロインのほうもロシア人男性と日本人女性との間にできた私生児という設定で、ある意味、自分自身のよりどころを失った人間である。
その他の登場人物に関しても様々な背景を背負った人物ばかりであり、なおかつ、前作の登場人物もさりげなく登場している。人物配置に関していえばあざとさすら感じさせるほど重厚的であり、読んでいる最中は気にしないのだが、読み終えてみるとケン・フォレットの『針の眼』と比較してしまいたくなる。まあ、比較してもあまり意味がないのだが、ケン・フォレットの『針の眼』で気に入らなかった部分が全部改善されているといっても構わない。なんだか佐々木譲が自分のためにだけ書いてくれたような気分になった。
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