家に二冊ある伊井直行の未読本から一冊取りだして読み始めた。本当はもう少し取っておきたかったのだが、本というのは読みたい気分の時に読んだ方が良いときもある。例外もあるけど、その時は読むのを止めればいいだけだ。
見えない聞き手によるインタビュー形式の五つの短編からなる連作長編。
聞き手は瀬戸内海の何処かにある湯微島という島に行こうとしているらしい。しかし、最初の話では湯微島の隣にある島にいた男の話だ。次の話の語り手は三年前に一度だけ湯微島に行ったことのある男の話。三つ目の話でようやく聞き手は湯微島へと向かおうとするのだが、向かう途中のフェリーの事故で海に転落し、湯微島から逃げてきた夫婦の奥さんの話を聞く羽目になる。
手足を固定され目隠しされ状態でだ。作家を拉致監禁し、自分の為だけに物語りを語らせようとした、スティーブン・キングの『ミザリー』の逆バージョンのような話だ。案の定というわけではないが、最後の最後になっておぞましいというか悲しい事実が明らかになる。
四つ目の話で聞き手は東京でフェリーの会社である湯微島交通の会長から湯微島交通の繁栄の歴史を聞かせられるのだが、この顛末が面白い。フィクションなので都合良く会社が発展していくきらいはあるが、ノンフィクションだと偽られてもついつい信じ込んでしまいたくなる説得力があるのだ。
去年、伊井直行が『岩崎彌太郎─「会社」の創造』という岩崎彌太郎のノンフィクションを書いたとき、伊井直行がこういう本を書くことに驚いたのだが、四番目の短編「湯微島交通繁盛記」を読んで、納得がいった。振り返ってみると、伊井直行は企業というものを小説の中で書いていたのだ。
そのことに気付かされて、伊井直行って人の引き出しの広さをあらためて実感すると同時に、まだ見ぬ次の作品ではどんなものを引き出しから取り出してみせてくれるのだろうか期待で胸が膨らむ。
でそれはそうと、結局聞き手は湯微島にたどり着くことなく物語は終わるのである。題名に偽りありの話だし、最後の話を読み終わっても全体を揺るがすような構図みたいなものは見えてくるわけでもない。がしかし、今まで見ていなかった伊井直行の一面を気付かされたので満足した。
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