『シュリー号の宇宙漂流記』今日泊亜蘭

東京創元社が今日泊亜蘭の『海王星市から来た男』と『縹渺譚』の合本を出すと言ってから数年が経過した。いまだ出る気配はない。どちらも既読なので出ないのであれば出ないであきらめもつくのだが、今回はこれに加えて単行本初収録の連作「浮間の桜」が収録されるのでそれを思うと出てくれないと困る。
ずっと待ち続けていたので仕方なく『光の塔』を再読したりもしたがそれでも我慢しきれない、かといって『我が月は緑』を再読するのはちょっともったいない気がしたので、『シュリー号の宇宙漂流記』を読んだ。国土社から出ていた「創作子どもSF全集」の一冊だ。
「創作子どもSF全集」はなかなか面白そうな作品が他にもあって『ぼくのまっかな丸木舟』とか『だけどぼくは海を見た』とか、子供向けとは思えないショッキングでトラウマになりそうな話なので、そのうちいつか読んでみようと思っている。
それに比べると『シュリー号の宇宙漂流記』はトラウマになどなりそうもない楽しい話だ。まあ今日泊亜蘭は啓蒙的な話は書くだろうけれどもトラウマを与えるような話は書くとは想像できないので『シュリー号の宇宙漂流記』が子供も楽しめる話になっているのは当たり前のことだろう。
登場する大人はもちろんのこと主人公の子供たちもべらんめえ口調なのが今日泊亜蘭らしくて微笑ましい。SF小説でありながらべらんめえ口調という部分に違和感を感じてしまう人もいるだろうけれども、これじゃなきゃ今日泊亜蘭の小説じゃないよ。
それはそうとして、ちょっと驚いたのが目次には「あとがき」が存在しているけれども、実際には「あとがき」は存在しなかったことだ。目次をみて今日泊亜蘭のあとがきを期待しながら本文を読み進めていったらそのまま紙面が終わってしまった。
今日泊亜蘭ならば「あとがき」とは書かずに「跋文」と書いていたかもしれないなと思ったりもしたが、子供向けなのでやっぱりそれはなかっただろう。

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