『信ぜざる者コブナント たもたれた力』

本国ではセカンドシリーズが三作、そしてラストシリーズが現在進行中とコブナントの物語は続いているけれども、日本では残念ながら翻訳される見込みはなさそうなので、日本語で読むことのできるのはこの第三部でお終いとなってしまう。
セカンドシリーズが書かれるということを知らなければ、コブナントが死ぬことでこの物語の幕が閉じてしまったとしても全然不思議ではないくらいに絶望的な情況で第三部の幕は上がる。
現実の世界でのコブナントは町議会によって自分の農地を巻き上げられ、自分は病院送りにされてしまう危機的情況にある。失意の中、森でコブナントは毒蛇に咬まれてしまった少女を助けようとするのだが、その時突然コブナントはみたび、異世界へと召還されはじめる。異世界では前回から二年の月日が経ち、魔王の軍隊の進軍がはじまろうとしていたのである。
しかしコブナントは、少女を助けるまで待って欲しいと、コブナントを召還しようとした異世界の大王に言う。そして大王は一人の少女の命と自分たちの運命を天秤にかけ苦渋の決断をし、召還をあきらめるのだった。少女を助けるための時間は数時間程度であっても異世界の時間はそれ以上に経過してしまうのである。
コブナントは少女の咬まれた傷口から毒を吸い出し家まで送り届けるが、吸い出した毒がコブナントの体内に入ってしまい意識不明の状態となってしまう。
一方、異世界では大王の城に対して魔王の軍隊が攻撃をかけ始めていた。切り札となりそうな物は前巻で全て失われてしまっていて、ここを陥落されたらもう後は無いという情況である。
そんな中、意外な人物によってコブナントは異世界へと召還されるが、コブナント自身も満身創痍の状態で、大王達と合流することすら困難な状態である。しかも召還された先でコブナントを助けてくれる人たちもごくわずか。物語は平行して大王達の戦いも語られるが、こちらも食料が減り始め、陥落までカウントダウンという情況である。
魔王に立ち向かう為の唯一の力は、コブナントがはめている白金の指輪の持つ魔力だけなのだが、いまだコブナントはこの力の使い方を知らない。コブナントを助けてくれる人々も次々と魔王の手によって死んでいく中、コブナントはようやくこの世界を救うために動き出すのだが、絶望的な状態には変わりはない。
というか、物語の方法論的に見ても、コブナントが白金の指輪の力の使い方を覚えて魔王を倒しました、ではあまりにも安易すぎて、それ以外の方法で決着をつけなければいけないという絶望的な情況でもある。
ここまでくると、コブナントが正しくて、この異世界はコブナントの妄想の世界でしたという夢オチのような結末にして、コブナントが現実の世界となんとか折り合いをつけて終わるというふうにしてしまった方が良いのではないかとさえ思ってしまう。
事実、三作を通して語られる異世界は魔法の存在するファンタジーの世界でありながら、らい病患者という差別された人間の内面的なものをファンタジーの文法に置き換えて配置された世界であるとみなしても矛盾しない世界なのだ。コブナントは最後まで異世界を真実の世界と認めようとしないし、魔王がこの世界をお前と二分しようと持ちかけても、健康を与えようと持ちかけても断る。コブナントはコブナントなりに自分に与えられた試練に対して現実とファンタジーのはざまの中で受け止めようとするのだ。
かといって、差別された人間が、ファンタジーの世界の試練を乗り越えることによって人間的に成長し、現実と向き合う力を得るという成長小説というわけでもない。そこまで単純化されてもいない。
コブナントが現実を受け入れるに至るには様々な代償が支払われ、喪失していく。それがこの物語全編を覆っているがためにこの物語はひたすら絶望的で陰鬱なのだ。
そして絶望が深ければ深いほど、より大きな希望を受け止めることができるのかもしれない。

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