僕の父はしがない町工場の親父で、いわゆる職人だったのだが、父は自分のことを職人とは思っていなかった。
というのも職人というのは己の技術は磨くが他人にその技術を教えることはせず、新しく入った人間は技術を盗んで覚えるしかない。父はそんな世界を否定して、自分の技術も磨くが他人に自分の技術を教え込むことも実践し続けた。なので父は自分のことを技術者だと呼んでいた。
父曰く、職人は技術を教えないが技術者は技術を伝える。
父が若かったころ、父の住む職人の世界はそのような世界だったのだ。
この物語でも職人という言葉が登場する。
先輩はアドバイスはするけれども、自分の技術は教えはしない。
多分、職人に必要な物は技術の他に個性というものが必要なのだろう。そして技術者には個性は必要としない。個性は教えて貰うものではなく、自分で見つけだす物なのだ。
もともとミステリ色の薄かったこのシリーズだが、今回は全くなくなってしまった。しかし、それでつまらなくなってしまったかというと、まったくもってそんなことはなく、むしろジャンルという制約を脱ぎ捨てたおかげで物語の幅が広がったような感じだ。
文庫にして200ページに満たない、中編といってもいい分量だが、お菓子という題材を描くには、胃もたれしないちょうど良い分量のように思えるから不思議だ。
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