前回から続く
葬儀当日。
九時頃に父から電話が入る。人数と、留守番の問題だ。
人数のほうは三人増え、弁当を三つ追加することで合意する。余る分にはかまわないが、あまり過ぎても困ってしまう。
問題は留守番のほうだった。今までの風習・しきたり通りで近所の人たちは動いてくれる。それは仕方がない。葬儀とは突然起こるものであり、突然に対応するにはあらかじめ形式化してルーティンワークとしておくことがすべて滞りなく行うためには必要なことなのだ。そして、留守番は近所の人たちの役割である。
古くからある風習・ルールを破るのは、近所付き合いを放棄するということでもある。父にしてみれば避けたい事項だ。
最後まで隠し通すつもりだったが、妻の現在の状況を父に話す。僕と妻は、今、そうしたことで将来起こるかもしれない心配よりも、今すぐに起こる目の前の問題のほうを対処しなければならない。今を何とかしなければ先などない。
現時点であらゆる障害を対処することのできる最善の選択は僕と妻が留守番をし、火葬場には父と弟が行くことである。父も不本意だったろうけれども、そのことに理解してくれて、この方向で進むこととなった。
その他には香典返しの問題もあったが、それは後回しにすることにした。
納棺と出棺の時間が近づくが僕は一人で、焼香に来た弔問客の対応を取り続ける。
出棺の時間が近づき、叔母が最後の花を棺に入れてくれと僕を呼びにきた。
そして僕は最後に残った花を、母の胸元に置く。
母に花などををあげたのは、これが初めてでそして最後となった。
さて、この後は来訪者への挨拶である。
前日の夜から考えていたことを話す。
本日はお忙しい中、お集まりくださいましてまことにありがとうございます。
生前、故人は、葬儀は家族だけでできる範囲で質素に行ってほしいと申しており、その意思を尊重する形で進めさせていただきました。
母は、派手な生き方をしてきました分、人生の最後は質素にして見たかったのかもしれません。
お集まりいただきました方々におきましては、戸惑いやご不満等、多々ありましたでしょうが、
故人の最後のわがままということで、何とぞ、ご容赦、ご理解のほどよろしく申し上げます。
また故人に代わりまして深くお詫び申し上げます。
とはいえど、これだけ大勢の方がお集まりになられましたことは、母も、半分照れながらも喜んでいること思います。本日はまことにありがとうございました。
そんな意味のことを言ったつもりだ。
うまく伝わったかどうかわからないが。
霊柩車が出発し、火葬場まで行く人々がバスに乗り始める。
僕が留守番することは親戚には、ばれていた。長男が行かなくてはどうするということになり、妻に後のことを託して火葬場へと行く。長男が留守番など、もともと無茶な行動だったのだ。
火葬場に着き、最後のお別れということで棺のふたが開く。そして母の入った棺は消えていく。
後は待合室で待つだけだ。持ち込んだはずの飲み物がどこにもないことに気づき、火葬場の中を一人駆けずり回る。なんとか見つけて配り終えると、父がそばに寄ってきて、挨拶をしてくれという。
アドリブができない僕はもう、持ちネタなどない。しどろもどろでごまかし、ようやく落ち着く。
待っている間、何度か妻に電話を入れて状況を確認する。今のところ問題は無い。
拾骨はもはや単純作業だ。お坊さんがお経を読むわけでもなく、ただひたすら骨を拾い、骨壷へと収めていく。
遺影は喪主の父が持ち、骨壷は弟が持つ。僕が持つのは余った弁当や茶菓子の入ったダンボール箱である。
帰りのバスの中で妻に電話をしそちらへの到着予定時間を伝え、お清めの塩の準備を頼む。
やがてバスは家へと到着し、次々と人が去り、僕と妻と妻の弟と僕の弟夫妻と父と、母の遺骨の入った骨壷が残った。
妻には妻の弟を駅まで送らせ、しばらくして弟夫妻が帰っていった。
僕はしばらくの間お茶をのみ、この後行わなければいけないことを父と相談し、簡単に取り決め、そして香典の金額だけ計算して、そして父の家を出た。少しずつ人が去っていくようにしたほうがいいだろうと思ったのでそうした。
車に乗り始めると、今まで何とかもっていた曇り空から雨がポツリポツリと降り始めた。
こうして火葬まで無事終了させることができた。
しかし、今回は父と弟と僕の三人で行ったのだが、父の葬儀の時には僕と弟の二人となる。さらに僕が喪主で、妻は喪主の妻とならなければならない。この事態を乗り越えることは難しいだろう。
しかしそれをいうならば、妻の母が亡くなったときのほうが僕と妻にとっての最大の試練となる。おそらく妻はかなりの不安定な状況になるだろう。この先を思えば、暗闇しか見えない。
そして突然襲った母の死は、これからゆっくりと妻の心にのしかかってくるだろう。僕はどこまで妻のことを支えられるだろうか。
まあ、今は考えることは止めよう。
ひつひとつ、目の前の問題を解決していくしかない。
自分の家にたどり着くと、義弟を送った妻が少し前に帰っていた。
妻といろいろと話す。
「○さんは、普段はふくろうのようにあまり動かないけれど、いざという時は人一倍活躍するね。」
と言ってくれた。
最後の最後で今日は僕にとって良い日となった。
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