東京創元社が小沼丹の『黒いハンカチ』を文庫化してくれなかったら、小沼丹という作家の存在など知る由もなかっただろう。
もっとも、小沼丹は『黒いハンカチ』という一連のミステリを書いていたのだから、いつかはその存在を知った可能性はある。
ま、いずれにせよ、一冊の本と出合うということは偶然の産物である場合も少なくない。
僕はそれほど、作家で読み進めるタイプではないので一冊の本が気に入ったからといってその作家の他の本を読むということはそんなにしないし、ましてや小沼丹はミステリ作家ではなく私小説寄りの作家なので小沼丹との会合もこれ一冊で終わっても不思議ではなかったのだが、小沼丹の文章には不思議な魅力があった。
そこに書かれている物語を楽しむというのではなく、そこに描かれている世界を感じるという楽しみ方とでもいえばいいのだろうか。
どことなく可笑しくて、どことなく悲しくて、それが何故なのか不思議だったのだが、解説を読んで氷解した。
作者曰く、いろんな感情が底に沈殿した後の上澄みのような所を書きたい、のだそうだ。
可笑しさも、悲しさも描かれていないのに感じるのはそういうことだったのだ。
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