街行く人々を見ていると、時々悲しくなる。
僕はもう、あの中に入ることができないのだ。
僕と妻が失ったものはたくさんある。
一緒に町を歩くこと。
一緒に外食をすること。
のんびりと買い物を楽しむこと。
明るい未来を語り合うこと。
子供を育むこと。
書き出せばきりが無い。
失ってしまったものは仕方が無い。残りの人生の中で少しだけでも取り戻すことができればいいなと思う。
でも、街行く人々を眺めていると、時として、うらやんだり、疎ましく思ったりしてしまう。
そしてそんなふうに理不尽なことを考えてしまう自分のいたらなさに悲しくなる。
道尾秀介の小説の中に「花と氷」という短編がある。
自分の不注意から孫娘を死なせてしまった老人が、罪の呵責から自殺をしようとし、自殺装置を作る。
その自殺装置は自動的に作動するのではなく、あらかじめ用意されたいくつかの箱のどれかを開けることによって作動する。そして老人は、楽しいプレゼントがあると偽り、近所の子供たちを家に招き寄せ、子供たちに死の引き金を引かせようとする。
主人公たちはそんな老人の行為を見抜き、子供たちが箱を開ける前に装置が作動するのを阻止する。
何故、老人は子供たちを利用したのか?
自分の孫は死んでしまったが、近所には元気に遊ぶ子供たちがいる。老人は、子供たちを疎ましく思いそして子供たちを自分の自殺に加担させようとしたのだった。
理不尽だと思いますか、と老人は主人公に尋ねる。
主人公はしばらくして、
そう思いません。
と答える。
主人公の答えを読んで、僕自身も少しだけ救われたような気がした。
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