こうして文庫で小沼丹の小説を読むことが出来るというのはありがたい。もっとも講談社文芸文庫なので値段の方は単行本レベルの値段だけれども。
『銀色の鈴』が小沼丹自身のことを基にした私小説だったのだが、今回の『更紗の絵』も小沼丹の若かったころの出来事を基にした長編小説だった。ただし、長編小説といっても、文庫にして240ページあまり。中篇小説といってもおかしくない分量なのだが、やたらと分厚いだけの小説よりも密度は濃い。
『銀色の鈴』が奥さんを亡くしたことによる悲しみが根底にあるが故に悲しみがあったのに対して、『更紗の絵』はその悲しみが作者の人生にうまく混ざり合い、沈殿し、本来もっていたユーモアの部分が上澄みのレベルに表層化したおかげで、楽しく読むことができた。作者が主人公のことを「彼」でもなく「吉野」でもなく「吉野君」と表しているせいも多分にある。
もっとも、物語の深い深い底の部分にはやはりさまざまな悲しみが沈殿しているわけで、ときおり、その悲しみの闇のようなものが感じ取られる。
淡々としたユーモアの中に、西瓜に振りかけられた塩のように、ほんの少しのペーソスが含まれている。
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