『終末の鳥人間』雀野日名子

  • 著: 雀野 日名子
  • 販売元/出版社: 光文社
  • 発売日: 2012/7/19

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時代は今から三年後という微妙に近未来。
青春物語としてみた場合、外道というかキワモノというか、水と油を混ぜたという印象が真っ先に思い浮かぶのだが、ちょっとばかり冷静になってみるとそんなことなどなく、逆に極めてまともで真摯でど真ん中の青春物語なのである。
うだつの上がらない高校生が、ふとしたことから生徒に人望のないどころか先生同士の間でもうだつの上がらない先生に弱みを握られて、人力飛行機部を設立させられ、先生の夢を叶えさせられるために人力飛行機を作るハメになる。
人力飛行機というと普通は一人乗りなのだが、この人力飛行機バカな先生は二人乗りの人力飛行機を設計し、作り始める。羽の全長は30メートルを超す巨大な人力飛行機だ。
しかし、それが荒唐無稽な設定ではなく極めてまともな設計で、主人公たちは馬鹿なことばかりしているが製作過程はリアルである。
しかし、ここまでならばごく普通の人力飛行機をテーマにした青春物語にすぎないし、これはこれで面白い話なのだが、この物語の真骨頂は別の部分にある。作者はその部分に関して序盤から少しづつもう一つの物語の姿を明らかにしてくるのだ。
巻末に2ページにわたって参考文献が掲載されているが、人力飛行機関連の文献はほんの僅かで、大部分がもう一つの物語に関する文献だ。
主人公たちをとりまく社会情勢は徐々に悪化し、いわゆる軍歌の足音が響き始める。
中盤過ぎになるとそれまでの脳天気な物語は姿を消し、絶望的な終末めがけてまっしぐらな物語へと変化するのだ。
そして時代設定を近未来にし、起こりうる未来を想定した物語でありながら、それは太平洋戦争へと突入していく時代の物語としてもそのまま互換性のある物語なのだ。だからこの物語は逆に極めてまともで真摯でど真ん中の青春物語なのである。
さらにいえば勧善懲悪という安易なエンターテインメントの世界もここにはない。
人力飛行機バカだった先生はバカであるが故に、世論に流されることなくぶれずに人生を生きるのだが、善人で世渡りが下手だった故に不幸な目にあう。要領よく立ちまわっていた悪人はそれ故に上手に生き延びる。
努力すれば必ず報われるなどといった生ぬるい考えなどもここにはない。
努力すれば報われるのではなく、努力しなければもっと悪い状況になるから努力するしかないのである。

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