週刊誌に連載しているので単行本になるペースは早いのだが、それにしてもこんなハイペースで大丈夫なのかと心配になってしまう。
で、三巻だ。
27話の「4年2組 熱血きらら先生」の、悪意が全くなく善意のみの行動でありながら結果としてその善意が自分本位の善意であるために生徒を苦しめてしまうこととなる、きらら先生の存在が、本人には最後まで全くその自覚が無いだけにラストで不気味さを感じてしまう。
続く28話の「歩く道」では、学校という仕組みに疑問を持ち馬鹿にする高校生の男子が主人公。彼は学校をサボり子供の頃に行った山へと向かい、その当時、高すぎて乗り越えられなかった崖を登ろうとする。子供の時には無理だった壁を乗り越えれば、その先に自分の求める世界があるはずだ信じる主人公の目の前に突きつける作者の冷徹な仕打ちは、なかなかえぐいものがある。
30話は、「選択する私と 選択しない私を選択する私と 選択する私と 選択しない私を選択しない私の選択」という題名にインパクトがある話だが、中身の方は常に選択する自分と選択しなかった自分を比較しつづける少女の話で、量子論的な振る舞いもある、ある意味SF的な内容だ。
一方で35話の「別に大丈夫やけどな」のようにホロリとさせる話もありながら、この巻の最大の問題作はラストの「ただ、ひとりでも仲間がほしい」だった。
いつもグロテスクで病的な絵を描いているために孤立してしている主人公の少女に、彼女の絵を理解してくれる友だちができるのだけれども、やっぱり彼女のグロテスクさは抜きん出ていて、一人去り二人去り、と次々と彼女の元を去っていく。
しかしたった一人、彼女のことを理解してくれる人が彼女の元に残ったのだが……。
この話で描かれるグロテスクな絵の質もさておき、異質な不気味さを醸し出す作者の言語感覚も素晴らしい。
コメント