電子書籍版で読んだので「abさんご」しか読んでいない。
現時点で『abさんご』の電子書籍版は「abさんご」だけしか収録されていないのだ。
最相葉月の『星新一 一〇〇一話をつくった人』によると星新一は自分の本が再販されるたびに自分の作品が普遍的なものになるように、とにかく版が改まるたびに改稿しまくっていたらしい。「電話のダイヤルを回す」を「電話をかける」に直すとかというように、古びてしまったと思われる表現は修正していったのだ。
『abさんご』の著者が自分のこの作品に関して語っている内容を読んだ時に、冒頭の星新一のエピソードを思い出した。
黒田夏子もある意味、星新一と同じで自分の作品が普遍的なものであるためにあらゆる手法をこの作品に投入したのである。
たとえば「やわらかな檻」とか「天からふるものをしのぐどうぐ」とか「ころあいに張りのある色無地でましかくな紙たば」といった言葉が登場する。順番に「蚊帳」「傘」「折り紙」のことだ。
そして、ひらがなを多用したのは自分の文章が読み飛ばされないためで、たしかにひらがなの多いこの文章は読みにくい。というか頭のなかで音読しなければ理解しづらい。
その結果こんな文章になる。
そとの夜にはあらしがはしゃいでいて,とりわけ竹ばやしがさわいだ.建てものからはかなり離れているのだが,かみなりや窓がらすがはたたくうらにずっと竹のにぎわいがあり,前日窒息死しかけた者をかこむ,強制的に呼吸させる装置や脈拍のじょうたいを映しだす装置や血管にしずくをしたたらせつづける
なれれば、それほど苦にはならないし、この独特のリズムは面白い。
しかし、それではこの黒田夏子の『abさんご』が自分の好みの話なのかというとそうでもなく、黒田夏子の小説を読むのであれば、円城塔か福永信の小説の方が自分の好みなのだ。
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