江戸時代、尾張藩下屋敷内に作られた実物大の宿場町で起こる連続殺人事件。
これが犬飼六岐の手によって作られた架空の設定かと思いきや、実際にこの町が尾張藩下屋敷の中に存在していたというから驚きだ。
家の数は三十六軒、二百メートルほどの長さの街道沿いにそれらの家が立ち並ぶ細長い宿場町なのでそれほど大きな町ではないのだが、いくら屋敷の土地があるからといって、町をそっくりまるごと作ってしまう、それも物見遊山のためだけにってのは豪勢だ。
で、実際の町は建物だけで人は住んでいなかったのだが、犬飼六岐はそこからさらにこの架空の町をよりリアルにさせるために人を住まわせた。もちろんそれは小説内において藩主がこの町をよりリアルなものにするためにそうしたという設定であり、三年間という期間限定で莫大な報酬と引き換えに数十人の町民達がこの町で生活をする事となる。
しかしそれは人間らしい生活との引き換えであり、大名たちがこの町を遊山するときには立ち退かなければならず、それは月に数度あり、それはこの架空の町に対して人の生活感を出すためにだけ存在させられているようなもので、そこに住む人々が人間として扱われているわけではない。という設定の中で、殺人事件が起こる。
町民たちはこの町の外へは出ることができず、仮に出ることができたとしてもそこは巨大な屋敷の中である。巨大な密室殺人、あるいはクローズド・サークルという趣であり、必然的に犯人は内部の人間に絞られる。いかにも本格ミステリっぽい設定なのだが、本格ミステリの文法では書かれていないので、そのあたりを期待するとがっかりする部分もある。逆に言えばミステリとしてよりも、特殊な世界に住む人々の心理の変化と意識の変容を描いたSFとして読んだ方が面白いのかもしれない。
さらには文庫化にあたって終盤の部分に手を加えたということで、単行本版よりも重苦しさの残る結末となっているあたりも僕好みの話だった。
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