私たちが自分の母語が一番美しい言葉だと信じきることができるのは、その表現がその国の文化や土壌から抽出されるからです。
サリマとハリネズミという二人の女性の物語。
サリマの物語はサリマの視点から見た物語だが、ハリネズミの物語はハリネズミが彼女の恩師に当てた手紙という形式で進む。
サリマはアフリカの難民としてオーストラリアで暮らす女性、そしてハリネズミは夫とともにオーストラリアで生活する日本人女性。
二人の接点は語学学校の同じクラスという接点のみで、最初のうちはそれぞれの物語の中でお互いのことはほんの僅か、たまたますれ違った人程度にしか描かれない。
ハリネズミという名前はサリマが自分の物語の中で日本人女性に対してつけたアダ名であり、ハリネズミのパートではハリネズミという名前ではなく本来の名前で描かれる。と同時にハリネズミのパートではサリマは別の名前で登場するのだ。
つまり、サリマはサリマの物語のなかで、自身の本当の名前を使っていないのである。
サリマの物語の中では誰もが本来の名前を使っていない。それが何故なのかがわかる終盤、二人の女性の生き方とこの先の二人の力強い人生に胸が打たれる。
物語の中で、ハリネズミはこういう言葉を言う。
彼さえいなければ、私がここに来ることはなかった。彼のそばでしか生きていけないとわかっているのに、憎いです。
ハリネズミは夫ともに異国に来て、そして子供を生む。そして作中でその子供を死なせてしまう。夫はその悲しみを仕事にのめり込むことで解消させようとするがハリネズミはその術を持たない。その結果ハリネズミはこの言葉をつぶやく。
僕の妻も時折、似たような言葉を言う。でも僕はそのときにどんな言葉をかけてやればいいのかわからないまま、ただ嵐が過ぎ去るのをじっと耐えているだけだ。
コメント