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- 『さんさん録』こうの史代
こうの史代といえば『夕凪の街 桜の国』か『この世界の片隅に』全2巻を選ぶのが妥当なところなんだけれども、それじゃあ当たり前すぎて面白くない。ということでそれ以外に何かないかと考えてみたけれど、基本的に、こうの史代の作品はどれも面白く、しかも五巻以内で完結しているので全作品を選んでも問題なくなってしまう。あえて先の2作以外となるとこの『さんさん録』が意外といけるんじゃないかと思うのは、僕が老人を主人公した漫画に弱いせいもあるかもしれないのと、作者にとっては珍しく主人公が男であること。
主人公の名前は奥田参平。亡くなった奥さんは彼のことを「参さん」と呼んでいた。だからこの本の題名は「さんさん録」。妻を亡くした彼が息子夫婦と一緒に暮らしはじめるところから物語が始まる。
あらためて読みなおしてみても相変わらずうまいなあと思う。ここぞという所で使ってくる大ゴマも見事なんだけれども、それ以上に、何気ない日常の切り取り方が素晴らしい。妻の残した「奥田家の記録」という生活レシピをたよりに慣れない主婦業に乗り出す主人公の姿は愉快であり、かつ頼もしくもある。やもめになってしまうのは嫌だが、年老いたらこういう日常生活を送ってみたいとも思わせる。
息子夫婦と生活を共にし、「お父さん」とか「じいさん」などと呼ばれるようになり、「これで参平さんと呼んでくれる人はいなくなってしまったか」とつぶやくシーンがあるのだけれども、これには目から鱗が落ちる思いをした。今はまだ僕のことを名前で呼んでくれる人がいるけれど、いつの日か自分のことを名前で呼んでくれる人はいなくなってしまうかも知れない。そんな日が来たとき自分だったらどう感じるのだろうか……。
オリジナル版は全2巻だが後に1巻にまとめられた文庫版がでている。
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