言葉について考えている


僕は文章を書くのは好きなのだが、好きだからといって上手なわけではない。
はっきりいえば下手だ。
まず、最初に思うがままに書いた文章というのは、とても人に見せることができるような文章ではない。
それでも書かなければいけないときには、ひとまず、書きたい部分を断片的に書く。途中で文章がおかしくなってもその時点では気にせずに書く。
ひと通り書き終えた後、推敲をする。
そしたらあとはもう、推敲に推敲を重ねる。
そんなわけで僕の本家のサイトアルファ・ラルファ大通りの脇道では、とりあえずこれだったら許容範囲だろうというレベルになるまで推敲しつづけていたのだけれども、そんなことをしていたら更新が滞ってしまった。
本家のブログには僕なりのこだわりがあり、どうしてもそのこだわりを捨てることができなかったので、いつしか記事を書くことも苦しくなってしまっていた。
だったら、別のブログを作ってみたらどうかということにもっと早く気がつけばよかったのだが、いつしか視野狭窄に陥ってしまっていたのだろう。
というわけで、いま書いているこのブログではもう少し気楽に書くことにした。
手塚治虫のエピソードにこんな話がある。
日本テレビが24時間テレビを始めた時に手塚治虫に2時間もののアニメの制作を依頼した。『100万年地球の旅 バンダーブック』というアニメがそうなのだが、手間をかけすぎて本番放送までに満足のいく形にならず、といっても今でいう作画崩壊というような状況ではなかったのだが、手塚治虫本人は気に入らなかったらしく、放送中はもちろん放送終了後も手直しをし続けた。
ある意味僕も同じようなものだ。ただ手塚治虫と僕との根本的な違いは手直ししないと見られたものではないということなのだけれど。
しかし、気に入らない部分は後で直せばいいという考え方は少しだけ僕の気持ちを楽にさせてくれる。かといって、不完全な文章を見せることに対してなんの罪悪感もないのかといえばそんなわけでもない。
このブログを書く上で僕は少しだけ罪悪感を捨てている。
だからこのブログのタイトル、abandonné cœur. には心を捨てるという意味がある。
そしてせめてもの償いとして、他の人にとっては無意味で無駄な作業かもしれないけれども手塚治虫と同様に、僕も過去の記事を時々見なおしては文章の手直しをしている。

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