南信長の『漫画の食卓』を読んで気になった本が鷺沢萠の「川べりの道」だった。それというのもこの「川べりの道」の設定が吉田秋生の『河よりも長くゆるやかに』の設定と類似していて、鷺沢萠がこの小説でデビューした時に問題となったという曰くがあったからだ。
当時、すでに僕は吉田秋生のファンで、もちろん『河よりも長くゆるやかに』も読んでいたのだが、生憎と鷺沢萠のファンではなく、というか文学界新人賞の受賞作にまで注意を払っていなかったのでそういう問題が起こっていたということなど知る由もなかったのだが、結果としては盗作というところまでは発展せず、吉田秋生の方も問題とはしなかったこともあってか穏便に収束したらしい。
もっとも、今だったら事態は変わっていたかもしれない。
ということで気になったのだけれども、実際に読んでみようと思うとこれが少し問題でこの短編が収録されている本は絶版なのだ。古書を探すしかなかったのだが、比較的簡単に入手することができた。
確かに主人公の設定を似ているし、月に一度、主人公が父親に会って養育費を受け取るという状況も同じだ。しかし、『河よりも長くゆるやかに』は主人公がそもそも暗さを抱えながらも明るく振舞っていてさらにこの年代の男の子らしい下品な下ネタが適度に笑いをとっているのに対して、「川べりの道」は色合いが異なる。
「川べりの道」の主人公は暗くはないものの決して明るくはなく、愛人を作って出て行った父親に対して鬱屈とした感情を持ち続けている。高校三年生でこんな話を書いたということを思うと、今まで鷺沢萠の小説を読んでこなかったことをもったいなかったなあと思いもするのだが、それはこれから読み続ければいいだけのことで、まだまだ読んでいない本はたくさんある。
「かもめ家ものがたり」は比較的明るく、読んでいて微笑ましくなってくるのでこの本の中では一番気に入っているのだが、父親を裏切った男の娘に心惹かれて付き合うこととなってしまう青年の物語である表題作の「帰れぬ人びと」の題名通りの帰る場所を失ってしまった人々の喪失感も捨てがたい。
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