トイレに置いておいた目覚まし時計がとうとう壊れた。
僕が結婚する前、以前に勤めていた会社で宿泊を伴う出張があった時に持っていった記憶もあって、それ以上遡ってこの時計に対する記憶は無いのだが、少なくとも20年くらいは使い続けていた計算になるので寿命が尽きたといっても構わないだろう。
ところで、ここで少しばかり説明しておくと、トイレに目覚まし時計があるからといって、僕はトイレで寝る習性があるわけではない。トイレで本を読む習性があるので、時間を知るために置いてあるのであって、おおよその時間を知ることが出来れば構わないわけで、たまたま目覚まし機能がついた時計があったのでそれを使い続けていただけにすぎない。
長年、時計とともに過ごしてきた空間なので、時計がないと落ち着かない。
おおよその時間がわかればいいので、安物の時計で構わないということで、20年前には存在すらしていなかった100円均一の店へと向かうことにした。
ひょっとしたら100円ではなく、200円で売られているかもしれないと思ったのだが、目覚まし時計は税抜き100円で売られていた。
昔の感覚でいうと、時計が100円で売られているというのは信じられないのだが、買ってきた時計をじっくりと観察してみると、うしろの電池を入れる部分の蓋の隙間とか、蓋そのものも、しっかりと本体に組み合わさるような形状にはなっておらず、とりあえず本体にくっついているような状況で、少しでも本体を振り回せば蓋は外れてしまう、といった作りの粗さは目立つ。といっても時計を振り回すようなことなど普段はしないので、これはこれで省コスト化に対する正解なのかもしれない。
そんな風に省コストという観点でこの時計を見ていくと、設計者の省コスト化への執念と、それでいて使い勝手の良さという部分とのせめぎあいのようなものが見えてきてなかなかおもしろい。外見をみただけでもこれだけ面白いのだから、分解して内部構造をじっくりと調べてみればさらに面白く、有意義なものが得られるのではないかと思い、分解してみたくなる誘惑に駆られるのだが、そこはぐっと我慢をして、この時計が壊れた時に分解してみよう。たとえそれが20年後だとしてもだ。
時を測る

コメント
時計の分解。
わたくしも大好きです。
もちろん、元通りになおしたことは一度もありません。
わたしも、子供の頃からよくいろいろなものを分解していました。
もちろん、組み立てられなかったものもたくさんありましたね。