菜時記 卯月/庚辰

統合失調症を発症していらい、人の大勢いる場所を恐れるようになった妻は、買い物に行くことも困難になった。
だから僕は妻の代わりに一週間分の食料品や日常品を買うために週末、一人で買い物に出かける。
今の状況から劇的に改善されるということなど望むべくもない。妄想は根強く残ったままであり、おそらくは消えることなどなく、歳をとればその妄想は強化されていくことだろう。
妄想を信じることは妻にとっては、自分と世界とをつなぎとめる唯一の手段でもあるのかもしれない。
だから僕は妻の妄想を受け入れるということをするしかないのだろう。
菜時記 卯月/庚辰
先々週の終わりごろから風邪を引いてしまい体調があまりよろしくはない。
かといって買い物をしなければ夫婦ともども食べるものもなく衰弱していく一方なので、もちろん最後の手段としてネットスーパーを利用するという手も残っているが、ネットスーパーだけで全ての買い物を賄うことが出来るのかといえばそうでもない。
というわけで最初に内科に寄り、診察をしてもらったあと、気力を振り絞って今週の買い物をしに行く。
無駄な体力は使わず効率よく買い物をするので、値段に関してはあまり考慮しない。ピーマンは4個で128円、トマトは4個で298円、レタスは1個158円のものを買う。長ネギは2本で158円だ。
肉類も最初の店で買っておくことにしたかったが、消費期限が日曜日までのものばかりだったので断念する。
買えるだけ買い込んでレジで精算し、買うことの出来なかったものだけ続く次の店で買うことにする。
が、前回と同じく駐車場が混んでいる。駐車場内をぐるりとまわりなんとか空いた場所を見つけ、肉類を買いに出かける。
とそこまではまだ順調だった。
しかし、駐車場が混んでいるということはレジも混んでいるということで、案の定、精算待ちの長蛇の列である。どの列が一番早いか悩みつつ、一番人数の少ない列につく。
遅々として進まない。それもそのはずで、並んだ先のレジではテキパキと精算業務をしている女性が一人だけ。隣のレジは少しもたついているが、バーコードを読み取る人と、精算する人との2人体制である。
僕の前に並んでいた人が隣の列へと移動する。
これは運がいいと思う反面、自分も隣へ移動するべきかと悩んでいるところで「すいません」という声が後ろから聞こえた。反射的に前へ一歩進み後ろを開けてあげる。僕の後ろに並んでいた人が隣の列へと移動した。
その瞬間、僕は自分の敗北を悟ってしまった。
僕の前の人がカゴを精算台の上に載せた頃には、僕の後ろにいた人は隣のレジでお金を払っている。僕がレジの台にカゴをのせた時には隣のレジでは既に見知らぬ誰かが精算をしている。
まさに息を吐くように嘘を吐くで書いたような世界である。
せめてもの救いとして、どこか知らない世界のスタジアムで私が金メダルを授与されることを想像しようとしたのだが、そのような想像すら浮かび上がっては来なかった。

コメント

  1. 五十八 より:

    体調不良の中でお買い物。お疲れ様です。
    レジのどこに並ぶか・・・・とても悩みますね。
    そして、並ぶべき列を誤った時は自分でげんなりしますものね。
    ましてや少しでも体力消耗を抑えたいときに限ってとは
    お察し申し上げます。
    早く全快されますように・・・

  2. Takeman より:

    五十八さん、コメントありがとうございます。
    体調の方は徐々に良くなってきています。
    体調が悪い時は下手にいろいろと考えるよりもその時の流れにまかせてしまったほうが精神的には楽ですね。
    金メダルを授与される想像が働かなかったのはまだまだjレジの遅い列に並ぶ才能には程遠いというふうに思っておきます。(^^;

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