殊能将之が亡くなってもう三年が経つ。そしてこの本は殊能将之の最初で最後の短編集。
短編集というくくりならば商業出版された唯一の短編「キラキラコウモリ」も収録されていればよかったかもしれないが、この本は未発表短編集なので「キラキラコウモリ」が外されていても仕方あるまい。また「キラキラコウモリ」はリレー短編集として企画された本の中の一遍なので、入れてしまうと面白さが損なわれてしまう面もあるだろう。
とはいうものの、例によって買ってから長いこと放置していた。読むのがもったいないというのもあるけれども、いや最初はそうだったのだが、そうしているうちに買ったことすら忘れてしまった。
積読のタワーと化している本の山の中の中間ぐらいにこの本が挟まっているのをみつけて、そろそろ読むべきだろうと思い、読み始めた。
買ってすぐに大森望による丁寧な解説は読んでしまってあるし、末尾の「ハサミ男の秘密の日記」は追悼特集の載ったメフィストで読んでいるので、未読は三編。
「犬がこわい」は犬嫌いの中年男性の物語。幼少期に体験した出来事によって犬が怖くなってしまったという話はたまに聞く。僕も子供の頃に近所の犬に噛まれたことがあるのだが、しかし僕の場合は犬が怖くなったことはない。自分の家でも犬を買っていたというせいもあるだろうし、噛まれた理由というのがその犬がご飯を食べている時に触ろうとしたためで、おそらくその犬は自分のご飯が取られてしまうと思ったために噛んだのだろう。ということで噛まれた責任が僕自身にもあるということを理解していたせいなのかもしれない。
それはともかくとして、犬が怖いという設定を中心としてミステリ的な味付けをしつつも、人を喰ったような話になっているのは殊能将之らしい反面、いい話になっているのは殊能将之っぽくない感じもする。
続く「鬼ごっこ」は最初は何が行われているのかわからない、というよりも、登場人物の一人がヤクザというところで、表面的な部分では何が行われようとしているのかわかるのだが、それはフェイクであり、読み進めていくうちに、最初のほうで想像していたものは間違いで、タイトルと照らし合わせることによってそこで何が行われているのかわかってくるのだが、それでもその先に行き着いたものは想像の斜め上を行く真相だった。
「精霊もどし」はなんだか落語みたいな話。主人公の友人の奥さんは亡くなったあとも旦那さんのそばにいてずっと一緒に生活をしていて、だけれどもその姿は旦那さんだけには見えることができない。しかも何故そうなったのかという説明などは一切ない。けれどもほんわかとして、読んでいて心地いい。
コメント