『血の極点』ジェイムズ・トンプソン

かなり高い確率で翻訳されるだろうなとは思っていたけれども、それでも一抹の不安があったジェイムズ・トンプソンの<カリ・ヴァーラー警部>シリーズの4作目が出た。
作者急逝によってシリーズは中断してしまったのは非常に残念なのだけれども、この最後の作品を読み終えてみると、結論からいえばここで終わったとしても文句はない終わり方だった。
一作目は猟奇的な殺人事件を扱って入るものの、警察小説の範囲内に収まる物語だったこのシリーズも巻が進むにつれて、フィンランドという国における社会問題、特に人種差別といった部分に焦点が当たる一方で主人公が警官という立場から逸脱していき、暗黒小説という方向へと進んでいく。そこまでにまでにわずか3巻という分量で、ジェットコースター並のハイペースで主人公は落ちていく。
2巻目の終わりでは主人公に脳腫瘍が見つかり、死ぬかもしれないという状況にまで陥って、3巻ではせっかく治りかけた足の膝も拳銃で撃ちぬかれて杖なくしては歩くこともままならぬ状況に陥ってしまう。もちろんそれだけではない。主人公の奥さんは主人公たちを助けるために犯人を撃ち殺してしまうのだけれどもそのために使ったショットガンの威力が大きすぎて犯人は上半身と下半身が真っ二つ。そのせいだけではないけれども、人を撃ち殺してしまったことが奥さんにとってはPTSDとなり、さらには自分の旦那が警官だと思っていたら証拠隠滅のために死体を酸で溶かして隠滅させることも躊躇しない人物になりさがっていたことで信頼関係を築くことすらできなくなり、別居してしまう。
今回はそんな状況下から物語は始まり、肉体的にも精神的にもボロボロの状態の主人公に対して、更なる追い打ちがかかる。というのも前巻で主人公たちは一千万ユーロという大金を手に入れるのだが、その極秘にしていたことを知った何者かが主人公にたいして脅しをかけてくる。
主人公を恨んでいる人間はそれだけではない。前巻で息子を殺された事業家は暗殺者を雇い、主人公に復讐を企てているし、主人公の上司も主人公が弱みを握っているおかげで手出しはできずにいるけれども、それがなくなれば主人公たちを窮地に陥れようと画策している。
更には奥さんは妻であること、母親であることに対して完全に自身を喪失してしまい失踪し行方不明となってしまう。
そんな状況下において作者はフィンランドにおける人身売買、そして売春という問題をぶち込んで、主人公に重苦しい決断を強いらせて一気に精算させようとする。
結果、主人公に憂いを与える人物は、主人公に敵対する人物はもちろん味方する人物でさえも舞台から退場し、こんな解決の仕方があっていいのだろうかと疑問を抱いてしまうような安息の日にたどり着く。邪魔者はとにかく消し去るのだ。ここまでやるとなると主人公自身もいわゆるダークサイドに落ちてしまうわけだが、しかし、前作ですでに主人公はダークサイドに片足を突っ込んでいて、今回は頭の先まで突っ込むかどうかというだけの問題にすぎない。
お前が死ぬか俺が死ぬかという決断をしなければならないとなればお前が死ねという結論になるのは当たり前のことである。それでも完全にダークサイドに陥れるところまでいかない配慮をしているところがこの作者のにくいところだ。
というわけで、このシリーズもこれが最終作であると考えればハッピーエンドではあるのだが、作者が途中まで書いていたこのシリーズの自作の題名は『Helsinki Dead』。この本の原題が『Helsinki Blood』で、血の次は死である。題名だけで見れば、主人公カリ・ヴァーラー警部の安息の日々はつかの間の日々のようだ。

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