消えてゆく物

僕はあまり物をなくすということはしないのだけれども、唯一例外的に数年に一度ほどのペースでなくしていたものがハサミだ。
ハサミなど持ち歩く習慣などなく、なくす場所は自分の部屋の中なのだが、なぜかなくしてしまうのだ。
しかし、これには万人が納得できるはずの理由がしっかりとある。
もともと僕は片付けというものが好きではない。そもそも、普段の生活の中でよく使うものは片付けておくよりも自分が普段座っている場所の、手に届く場所にあるほうがいい。
そういう考えでいる人間の部屋がどうなるのかといえば、数ヶ月も過ぎると部屋の一角に本で囲まれた、誰が見てもそこにその部屋の持ち主が普段座っているであろうという空間が出来上がる。
部屋の中のさらに一区画を区切っているのは積まれた雑誌や本で、その一部にハサミが適当に置かれている。
そこに、そうした事態を改善してやろうとする母親がいて、たまに雑誌をまとめて処分してくれる。そういう時に限って雑誌と雑誌の間にハサミがはさまっていて、そして雑誌と一緒に捨てられてしまうのである。
まだ結婚する前の独身時代のことだ。
結婚してからは、そもそも前提となる、自分の居場所を本で区切ってしまうということはできなくなってしまったし、使ったものは片付けるということを徹底させられたのでハサミがなくなってしまうということはなくなった。
おかげで、文房具としてのハサミで良い物が見つかっても買う必要がなくなったのだが、良いハサミを買う口実がたまに存在していた独身時代とどちらがよかったのか時々悩むのである。

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