薬屋のタバサ

奇妙な味とよばれるタイプの物語がある。
江戸川乱歩がミステリ小説の中で、それまでのミステリのサブジャンルのどれにも当てはまらないけれどもミステリというおおきな枠としてのジャンルの中の作品には違いない、というかミステリにしておきたいと思ったのだろうけれども、そういった傾向の話に付けた名称なのだが、名称のとおり、読んでみると奇妙な話なのだ。
最近だと、東京創元社から『夜の夢見の川』という奇妙な味の作品ばかりを集めたアンソロジーが出た。
この中で印象に残った作品にエドワード・ブライアントの「ハイウェイ漂泊」という話がある。
通常、奇妙な味の作品の場合、不思議なことが起こる。しかし、「ハイウェイ漂泊」には不思議な事はまったく起こらないのだ。不思議なことはまったく起こらないけれども、読んでいると不安になる。何かおかしなことが物語の中では起こっているのではないかと思わされる。
東直子も奇妙な味の作家だと思う。
『らいほうさんの場所』もそうだったが、この『薬屋のタバサ』も奇妙な味の話なのだ。
なおかつ、物語の中では不思議な事は起こらない。
主人公はとある町にやってきて、そしてその町の薬屋であるタバサ薬局で働くこととなる。タバサというのはその薬局の主の名前だ。
主人公が何故この町にやってきたのかは説明されない。主人公も思い出すことができないようだ。
登場人物達の言動は、何一つ不思議なことは言ってはいないのだが、不穏である。
タバサの薬を飲んだ老人は、それまで寝たきりに近い状態だったけれども、翌日には歩きまわることができるようになる。老人の息子はこれで予定を立てることができると言う。何の予定なのだろうか。
そしてその翌日、老人は亡くなってしまう。
主人公は、タバサが作った薬が原因ではないなと考える。息子の、「予定が立つ」とは死ぬことがわかっていたからではないかと。
しかし、老人の死に不審なところはない。タバサがおかしな薬を与えたわけではない。
元気になった翌日に老人が亡くなったのは偶然にすぎない。という解釈もできるし、その通りである。
何一つ不思議な事は起こらないのだが不穏で、不気味だ。
すべての中心にタバサがいるようで、いない。
そしてタバサ自身も逃れきれない何かに捕らえられたまま、この町で生活をしている。

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