奇しくもレアード・ハントの『ネバーホーム』と同じ月に翻訳されたコルソン・ホワイトヘッドの『地下鉄道』。
何が奇しくもというと、『ネバーホーム』はアメリカ南北戦争時代を舞台としていて『地下鉄道』はそれ以前の時代だが、奴隷問題を扱っている物語だからだ。
しかし、『ネバーホーム』は北軍に従事した白人女性の視点の物語でかつ、黒人の奴隷問題にはそれほど深く介入していない。
一方で『地下鉄道』は黒人の奴隷少女の視点の物語で、それ故に奴隷問題は物語の中心に位置している。
寡聞ながらタイトルにもある地下鉄道という言葉が当時の奴隷解放者達によって構成される秘密結社の名前だということは知らなかった。
そういえば、『ミッドナイト・エクスプレス』という映画があって、これは日本語に訳すとすれば『深夜特急』。そしてこの言葉が意味するのは脱獄で、『深夜特急』という言葉は隠語である。鉄道というのは逃亡のための手段というわけではないのだが、逃げるという言葉の隠語が鉄道という言葉として使われているのは興味深い。
それはさておき、この物語ではこの地下鉄道というのは秘密結社の名前ではなく、本当にアメリカ国内の地下に、奴隷解放の手段として地下鉄道が敷かれていたという設定になっている。なかなかぶっ飛んだ設定なのだが、ではSF小説なのかというとそうでもない。いや、SF小説として読むこともできる。主人公のコーラは奴隷生活から抜け出すためにこの地下鉄道を使って逃げ延びるのだが、安住の地まで逃げ延びるわけではない。
そもそもどこが安住の地なのか判るはずもなく、地下鉄道によってたどり着くことのできた土地で生活をし、そこでの生活もまた脅かされることになれば、また地下鉄道を使って別の地へと逃げ延びる。コーラがたどり着く土地はさまざまで、黒人に対して寛容で自由を認めている場所もあれば、その逆に逃亡奴隷を見つけたら処刑、そして逃亡奴隷を匿った白人も処刑という悪夢のような土地もある。表面上は寛容に見えながらも本心はそうではなく白人と黒人とをはっきりと区別している土地もある。
アメリカという国が、州という単位で構成されているという部分がそういった州によってまったく違う世界になっているという設定とうまく組み合わさっている。しかしここで描かれた世界は一つの国の中の出来事であるというだけではなく、一人ひとり、個人の中においても存在しうるものなのだ。
人は時として寛容でありながらも、時として差別をしてしまう。
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