「ボロゴーヴはミムジイ」が文庫化されるという情報を目にした時、てっきり銀背の方の文庫化だと思ってしまったのは少し前にハヤカワ・SF・シリーズ発掘総選挙というものをやっていたせいで、結果がどうなったのかは見なかったのでわからないが、そんなわけで『ボロゴーヴはミムジイ』が選ばれたのだろうと思いこんでしまった。
しかし、詳細が明らかになってみると、伊藤典夫翻訳SF傑作選ということで、ヘンリー・カットナー短編集というわけではなかった。まあ『ボロゴーヴはミムジイ』は持っているので、がっかりしたわけではなく、むしろ未読の短編を読むことができるうれしさのほうが上回っていた。
とはいえども、収録作品を見てみると、ヘンリー・カットナーの作品からは「ボロゴーヴはミムジイ」と「ハッピー・エンド」 が収録され、どちらも既読。正確に言えば「ボロゴーヴはミムジイ」はルイス・パジェット名義なのだが、さらにはデイヴィッド・I・マッスンの「旅人の憩い」も収録されていて既読率が高い。フレデリック・ポールの「虚影の街」も『20世紀SF 2』に「幻影の街」という題名で収録されていたが、こちらは未読だったので、個人的には大丈夫だった。
単純に伊藤典夫の翻訳によるアンソロジーというくくりかと思いきやテーマが別にあって、「ボロゴーヴはミムジイ」と続く「子供の部屋」はネタが似通っていて、ちょっとこの作品同士を併録するのはきびしいんじゃないかという気もしたりする。
「子供の部屋」では超人グループが登場するけれども、レイモンド・F・ジョーンズには『超人集団』という長編があってこちらの超人グループは高い能力は持っていても人間性といった部分では普通の人と変わりがないという身も蓋もない設定で重苦しい内容だったが、「子供の部屋」は短編なのでそこまで深い設定はない。
ジョン・ブラナーの「思考の谺」はこの中では一番分量のある作品。その前に収録された「旅人の憩い」のアイデアのぶっ飛び具合に霞んでしまう部分もあるけれども、冒頭のサスペンスはなかなかおもしろく、懐かしい感じがする。というのは主人公の女性が住んでいるアパートはガスメーターにコインを入れないとガスが使えないというアパートで、この作品が書かれた時代のミステリ小説に、たまにこれと同じような描写が登場していたのを思い出したからだ。
このサスペンスがどういう具合にSFへと結びついていくかというと今となってはありふれた設定に結びつくのだけれども、ジョン・ブラナーってやっぱり器用な人だったんだなあと思う。
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