『魔術師たちの秋』以来、倉数茂の五年ぶりの新刊。
発売前にいきなりネット上で期間限定とはいえ全文無料公開して、大丈夫なのかと心配したりもしたけれども、作者からしてみれば、まずはとにかく読んでもらいたいという気持ちからのことだったのだろう。僕は落ち着いて読みたいので書籍が出るのを待って買って読んだのだが、その間、早く読みたいという気持ちを抑えるのはちょっと大変だった。
読むことができるのに読むわけにはいかないというのは辛いものがある。
それはさておいて、序文からして作者を彷彿させる人物による語りで、どこからがフィクションでどこまでがノンフィクションなのか境目が曖昧になる。もちろん大半はフィクションだろうけれども、しかしノンフィクションとしての部分がどこまでなのかを本当に知っているのは作者のみだ。その点でいえばどこまでがノンフィクションなのだろうと考えるのはちょっと背徳感がある。
小説を数編しか発表せず、そのまま沈黙してしまった幻の作家を巡る物語、だと思っていると二人の主役の男性の家庭の生々しい物語が描かれてそのどちらもいわゆるダメ男だったりして奥さんに愛想をつかされているという状況。そんな状況が描かれていくのでいったいこれはどんな物語なのかと思っていると合間に幻の作家の書いた掌編が挟み込まれる。それは主役の一方の人生と重なり合う部分があってというのも幻の作家は主役のうちの一人と親戚関係にあって個人的に知っているからなわけなのだが、それでもこの物語がどういう方向へとむかっていくのかさっぱりわからない。掌編に関していえばどことなく山尾悠子の雰囲気に似ている部分があったりするのだが、本編のほうは先に書いたとおり生々しいので全然似つかない。
最後の章は全体の2/5ほどの分量で、ここで全体の物語がどのようなつながりになっていくのか、少なくともある程度は明らかになるだろうと思いながら読んでいくのだが、残り1/5となってもそんな気配は見せずさらに新たな物語が登場して、いったいこれは物語をつなぐつもりがあるのだろうかと不安になってくる。これが本格ミステリならば名探偵が謎解きを開始してもおかしくないところだ。
ここにきてそんな展開をしてそれでいてその物語が面白いのでなおさら不安になるわけだが、もう残り少なくなってきたところで不意をつかれる。見えないところから必殺パンチを出されてノックアウトされてしまった、という感じだろうか。あまりにも見えないところからだったので、ちょっと卑怯なんじゃないのかといいたくもなるけれども、いやここまでのことをされたらもう無条件降伏するしかない。
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