どこかで誰かを傷つけてしまっている

離れて暮らしている父と久しぶりにあって話をした。
父はしばらく前まで生活保護を受けている人たちの支援活動をしていた。話の流れでそっちの方向の話になった。
しばらく前までということは今は行っていないということだが、肉体的に辛くなってきたということと、生活保護というものが潜在的に抱えている負の部分が精神的に耐えられないようになってきたせいでもあるらしい。
貧すれば鈍するというのは避けようのないことなのかも知れない。
ある時、父が支援している集まりのところに生活保護を受けている老人が相談をしにきた。その内容というのがちょっと驚く内容で、その人が外出している間に誰かがその人の家に忍び込んて、切り取った猫の頭を置いていったということなのだ。それだけではない。その人がいない間にいろいろと家の中のものがなくなったり、移動していたりするというのである。
ここまでくればもう、当人にとってはそれは実際に起ったことかもしれないが、それは当人にしか感じ取る、あるいは見ることのできない事柄で、その人だけの世界の出来事でしかないということはわかる。
しかし、父は闇雲に否定はせず、外出した時に外で見張っていてあげると言ってあげたりしたようだが、相手の方はそこまでしてもらわなくてもいいと拒否をして、結局は父は何も手の出しようがなく、しばらくしてはまた同じ相談をしにくるその人の話をその場できくしかなかったようだ。
問題はそこではない。
その時に父がいった言葉が僕を悲しくさせた。
「ああ、頭がおかしくなったんだと思ったよ」
父にすれば僕だから気を許してそういった言葉を言ってしまったのだろう……と思う。
しかし、僕の妻は統合失調症である。妻はこの老人と同じく妻本人にしか感じ取ることのできない世界で生きている。
父がこの老人のことを頭がおかしくなったと思うのであれば妻のことも同様に思っているのだろうとそんなふうに思ってしまったのだ。
もちろん父は妻に向かってはそんな言葉は口には出さないだろうし、ただ単に、それ以外の言葉で表現するすべを持ち得なかっただけなのだろう。
だからこのことについては、それ以上会話を続けることなくそれでおしまいにした。
そして僕もどこかで誰かを傷つけてしまっているのだろう。気が付かないだけで。

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