『ブルーワールド』ジャック・ヴァンス

あるとき、twitterのタイムラインに「こっちがホントのトレジャリー」というツィートが流れて、そこにあったのはジャック・ヴァンスの『ブルーワールド』という文字。
未訳のSFを訳して自費出版で出している荒川水路さんのツィートだった。
にわかには信じられなかったのだけれども、エイプリルフールはとうに過ぎているわけで、あまり期待しすぎない程度に待ち望んでいたら一ヶ月程度して無事出版された。
海だけで陸地のない惑星に植民した数百人ほどの人類。第1世代は海上の浮島の上に家を立て、豊富な海洋資源をもとに生活の基盤を充実させていった。物語はそれから10世代ほど経過した時代から始まる。
キース・ロバーツの『パヴァーヌ』に登場した信号塔による遠隔地への通信手段が登場したりしてちょっと驚くが、それ以外の部分においては様々なギルドによって構成される社会とか、特定のものを信仰する旧体制派とそれに対抗する新しい道を選ぶ人たち、などこれまでのジャック・ヴァンスの物語に存在していた要素がしっかりと存在していて安心して読むことができる。
一見すると平穏な社会のようにも見えるが、クラーゲンと呼ばれる巨大海洋生物がいて、これが人間たちにとって驚異の存在で、凶暴なうえに硬い皮膚を持っているため倒すことができない。そもそも陸地がないために金属が存在しない。生物の骨が最大の硬度を持つ存在なのである。
倒すことができないために、神聖なものとして扱われそれ故にクラーゲンは巨大化していきどんどんと最悪の存在となってしまう。
そんなクラーゲンを奉る団体がある一方で、クラーゲンを倒さない限り人類には未来はないと主張する人たちがいて倒そうとする。しかし小さなクラーゲンならばなんとか倒すことができるけれども、キング・クラーゲンは手に負えない。ではどうするか、となったところからがジャック・ヴァンスの本領発揮というかよくまあこんなとんでもないアイデアを思いつくものだと感心してしまう。
人間の血の中にはヘモグロビンがあって、これは鉄である。で、限界ギリギリまで血を採取してそこから鉄を精錬するのだ。もうたまらないというか、惚れてしまいそうだ。もちろん、それだけじゃあ十分な鉄を作り出すことはできないことも作者は理解していてそこからさらに発展させていくのだけれども、実に楽しい。
翻訳してくれて感謝である。

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