『人魚ノ肉』木下昌輝

人魚の肉を食べたがために不老不死となった八百比丘尼の伝説がある。高橋留美子も人魚の肉を食べて不老不死となった人間を主人公とした一連のシリーズを漫画として描いている。
木下昌輝のこの本は、坂本龍馬や沖田総司といった幕末の志士たちが人魚の肉を食べていたという設定のもと、史実の背後に怪異の物語を描きつつ、史実を描きなおしている。
しかしここで疑問に思うのは、人魚の肉を食べれば不老不死になるはずなのに、坂本龍馬を始め幕末の志士たちは、史実では死んでいるということだ。では人魚の肉を食べれば不老不死になるというのは嘘なのだろうか。
ここで作者はもう一つの要素を登場させてくる。それは人魚の血である。
不老不死になるのは血の方で、肉の場合は妖になるのである。そして血と肉の両方を食べた場合には肉のほうが優先されると語られる。しかしそれはあくまで登場人物の一人によって語られる説明で、坂本龍馬の場合などは血と肉の両方を食べたがゆえにある種の不老不死と化してしまう。もちろん史実では近江屋事件で暗殺されるし、この物語の中においても同様、暗殺される。しかし、竜馬は永遠に生き続けるのである。
沖田総司も面白い解釈がなされている。史実では結核だったのだが、人魚の肉を食べたこの物語では沖田総司は吸血鬼と化すのだ。結核で血を吐くのではなく、人の生き血を啜るのである。そして、啜った血で口元が血まみれになった状態を見た人間が、血を吐いたと勘違いするのである。
一方で肉を食べて不死身の体になってしまった者もいる。彼は生きた人間の体を切り刻みたいだけの変質者に目をつけられてしまい、いくら切り刻もうが死なずに、永遠に切り刻むことのできる人間としてひたすら切り刻み続けられる。
では血だけを飲んだ者はいるのかというと、生き物として飲んだ者は登場しない。その変わりに人魚の血は京都という土地に吸われてしまう。そして京都は不死の都となるのである。

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