SF系の話が収録されているということで読んでみた。
表題作の「くちなし」は表層的には妻子ある男との不倫関係にある女性の物語で、物語が始まって早々、男のほうから別れ話がもたらされる。主人公はそんな予感がしていたのであっさりといいよと承諾するのだがそこからが変なのだ。男のほうがお詫びに生活の面倒は見ると言い、お金が嫌ならなにか品物でもいいと、理解ある行動をとるのだが、そこで主人公が選んだのは男の腕だ。いやはや、ここでちょっと猟奇的な展開になるのか、それともこの主人公はちょっと危ない人なのかと思っていると、男はあっさりと承諾し、自分の腕を取り外す。
なんとまあこの物語の世界では、人は、いや正確には人ではないのかも知れないが人体をパーツに分解することができるのである。
ということで腕をもらった主人公はその腕とともに生活をするのだが、そこに男の妻が現れ、腕を返してほしいという。
設定としてはSF的な設定が導入されているのだが、そこで語られる物語はその設定の上にありながらもあくまで僕たちと同じ世界で起こりうる正妻と不倫相手のドラマなのだ。しかし微妙に違う。その違う部分が面白い。
「花虫」は運命の人と出会うとその相手の人体のどこからか花が咲くのを見ることができる。それが運命の人なのだという話なのだが、そこから花の謎があきらかになり、いきなり自由意志の問題になってくる。ちょっとこれってグレッグ・イーガンかテッド・チャンの世界じゃないか。
昼間は男たちの世界、夜は女たちの世界。そして感情が高ぶると女性は獣に変身し男を食べてしまう。そんな世界を舞台とした「けだものたち」はジェイムズ・ティプトリー・Jrの「愛はさだめ、さだめは死」を彷彿させるけれども、あちらが全くの異質な生物の物語であるのにこちらは基本的に人である。これもまたSF的な設定を用いながらも男と女の愛の物語なのだ。
そんな風変わりな話の合間に、SFではない話が差し込まれていてそれが箸休め的な感じで全体的なバランスがいいのだが「薄布」のような読み手をどん底に落とすような話があったりしてあなどれない。
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