- 著 黒井 千次
- 販売元/出版社 講談社
- 発売日 2008-03-14
特に何か特別なことが起こるわけでもなく、ごく当たり前の日常が描かれているのだけれども、そこに描かれている日常は安定した生活であるのに何故か不安定な状態として描かれ、読んでいてこちらまで不安になってくる。
例えば、近所に住む老女が自宅の玄関の鍵をを開けようと四苦八苦しているので手伝おうとしたら鍵が合わない、という話がある。そして老女が持って出たのはこの鍵だけだという。合わない鍵でなぜ玄関の扉が閉まっているのか不思議なのだが理由は一緒に住む老女の娘が用心のためにオートロックにしたからである。
そして娘は夜にならなければ帰ってこない。ほっとくわけには行かないので自分の家に連れてくるのだが、主人公たちは、このまま自分の家に居座られてしまったらいやだなあなどと思ったりもする。困っている人をほっとけないけれども必ずしも善人ではない主人公たち。
夜になって老女の娘が帰ってきたので、老女がこんな時間まで外にいた理由を説明をしてあげようと老女と一緒に家まで行くのだが、老女はそそくさとチャイムをならし、半分ほど開いた扉からするりと家の中に入ってしまう。そして玄関の鍵はカチリとしめられ、誰も出ては来ない。主人公はその場に一人取り残されるのである。
その他に、家が老朽化してきたので立て直そうという話がある。
家族の会話でその話が出た次の日から、勝手口の扉が開かなくなったり、床がふわふわしているような感じがしてきたり、真夜中に何か大きい物がドシンと落ちる物音がしたりする。そしてその話の題名は「家の声」。
なにやらオカルティックな方向へと進んでいくのだが、超常現象などは起こらない。あくまで普通の日常が描かれるままなのである。しかし不安な気分は残ったままだ。
最終話では、結婚して外へ出ていった長男夫婦から、今からそっちに行ってもいいかという電話がかかってくる。いつもなら少なくとも前日には連絡を入れてから来るのに、何かあったのだろうかと主人公は考える。もちろん読者も何かが起こることを期待する。しかし、何があったのかは描かれないまま物語は終わるのである。
そして何があったのかわからないままという、もやもやとした得体の知れぬ不安感が頭の中に漂ったままの状態で本を置かなければならないのだ。
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