戦後「翻訳」風雲録

まず驚いたのがこの本の装幀。2000年に出版された本でありながらやけに古くさい。そのうえ本文で使われている活字も古くさい。おそらくわざとそういう風にしているのだろう。
次に驚くのが登場する人物の鬼籍率の高さ。過去を振り返る話なので仕方ないとはいえ、彼らの訳した本をむさぼり読み、海外の小説の楽しさを、言うなれば教えてくれた人たちが、すでにこの世にはいないことを思い出させてしまう文章を読み続けることはたまらなく切ない。
その次に驚いたのが登場する人たちの奇人ぶり。生島治郎の「浪漫疾風録」や都筑道夫の「推理作家の出来るまで」等、他の本で知っていた部分もあったとはいえ、結婚相手がいないのに披露宴の招待状を出して祝い金をせしめた田村隆一はなんて素敵な生き方したんだろうか。そのくせぎりぎりで何とか相手を見つけて結婚してしまうんだから剛胆者である。誤訳が多いと非難を浴びることも多い人だったのだけれども、不思議と許せてしまう面もある。
そして最後に福島正実、早川清と登場し、早川書房という存在を裏側から覗くような本であったことに驚く。
読み終えて最後に気付くのが、この本が書かれた時点ではまだ存命だった田中小実昌でさえもこの本の出版の前後で亡くなってしまった事。そして詳しくは語られずほとんど名前のみの登場だった生島治郎や都筑道夫でさえもすでにこの世にはいない。