僕がまだ中学生だったころ、一月と八月にきまって上映されるシリーズ映画があって、それが『男はつらいよ』と『トラック野郎』だった。
どちらも喜劇だったけれども子供の頃の僕が面白がって観ていたのは『男はつらいよ』ではなくって『トラック野郎』の方だった。
といってもどちらも映画館に観に行ったわけではなくテレビで放送されるのを観ていたにすぎないのだけれども、ドリフターズの『8時だよ全員集合』に通じる面白さというか要するに笑いの部分が下品で、もちろんこれは貶し言葉ではなく褒め言葉なんだけれども、ヤクザ映画の印象の強い菅原文太がこんな下品な喜劇を演じているという、それまでの価値観をひっくり返している部分が衝撃的でもあった。
平気で野糞はするし、トルコ風呂、今で言うところのソ ー プ ラ ン ドにも通うし、というか連絡先が不定なので主人公、星桃次郎宛に手紙を出そうものならば彼が通っているトルコ風呂宛に出すしか無い。そしてそれで本人に手紙がわたってしまうところが素晴らしい。それに比べると渥美清の車寅次郎は上品だ。下品な笑いにしか興味のなかった当時の、今もそうだけれども、僕が楽しんだのは『トラック野郎』のほうである。
当時は映画監督が誰だったのかということには興味がなかったのだが、このシリーズの監督は鈴木則文。生まれは静岡県浜松市で奇しくも脚本を書いた澤井信一郎も浜松市出身。浜松市出身の映画監督というと木下惠介であり木下惠介であり、木下惠介だ。三回も繰り返すのは、浜松市では木下惠介しか顧みられることなどなく、鈴木則文も澤井信一郎も話題にすらされない。
たしかに木下惠介の方が有名だし、作品の評価も高い。文学的な映画と比べると、下品な喜劇である『トラック野郎』など見向きもされないのも仕方がない。
でも『トラック野郎』は下品な笑いだけではない。笑って涙して、そして手に汗握る映画なのだ。木下惠介ばかりがもてはやされる状況というのはやはりなんだか間違っている気がする。
この本は、国書刊行会から出版された『トラック野郎風雲録』の改定文庫版かと思ったらそんなことはなく、「カミオン」という雑誌に連載されたエッセイをまとめた全く別の本だ。同じ国書刊行会から出ていたらそんな風には思わなかったのだが、出版社が違ったせいで勘違いしてしまった。
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