モンゴルの残光

異様に漢字とルビの多い小説で、実はこっそり酒井昭伸がリライトしてたんじゃないかと思うくらいなんだけれども、まあそんなことはありません。和製ポール・アンダースンと呼ばれたこともあった豊田有恒の「モンゴルの残光」です。
モンゴル人が世界を征服してしまったもう一つの世界の話なんだから漢字とルビが多いのは仕方ありません。なれないと目眩がしそうではありますが。
黄色人が世界を支配しているのですから一番偉いのは黄色人、続いて黒人、虐げられているのが白人と、「家畜人ヤプー」の逆バージョン、あるいは黄色人版「自由未来」。この世界の成り立ちが冒頭で説明されるのだけど、これが面白い。朝鮮半島で那智党が台頭し戦争が起こり、終戦後南北に分断され、イギリスに原爆が落とされる。ちょうどアジアとヨーロッパのを反転させた状態で歴史が繰り広げられるのです。もっともその後の作者の言動を思うと作中でのイギリスと朝鮮半島の扱いには何か別な思惑があったんじゃないかって邪推したくもなってきますが、そんなことはたぶん無いでしょう。
主人公は白人で、黄色人を殺して追われているところを地下組織に助けられます。そして帝国が開発した時航機≪刻驚≫を奪い、十四世紀の元へと旅立ち過去を改変しようとします。いわゆる歴史改変の物語なんですが、多次元解釈をしているのでタイムパラドックスにはいっさい触れられません。というかそんなものお構いなしなので、そういった話を期待するとがっかりすることでしょう。歴史を変えようとした男の人生と、緩やかに変化する時の流れの物語を楽しむ本です。
あとがきの作者の言動はちょっと過激すぎて頭が痛くなりますが、本文の方はきわめて正統派SF。