藤崎慎吾
人頭税に苦しんだ若い夫婦が、海の向こうの伝説の楽土ハイドゥナンをめざすという、19世紀はじめの伝承からこの「ハイドゥナン」は幕開ける。
「『日本沈没』を凌ぐ最高の科学小説」とオビに書かれているけれど、沈没するのは琉球諸島のごく一部だけ、しかも完全には沈没しないし、沈没というよりも時速300Kmで噴出するキンバーライトの噴火で島が吹き飛ぶのだ。逃げる暇さえない。
最新科学知識に基づくと、短期間のうちに日本を沈めることは不可能だというのが理由の一つ。科学が発達すると、今まであった空白の地平が埋められ、想像の余地が無くなってしまうわけである。もっとも新しい空白の地平が生まれることもあるので想像の余地がなくなるわけでないけれど。
もう一つの理由は、目指すものが違っているということ。小松左京は日本沈没を描きたかったわけではなく、その後の「さまよえる日本人」を描きたかったのであり、日本人をさまよえる民族にするための手段として日本を沈没させた。それだけのためにあんな小説を書いてしまったというのも凄い話だが、惜しむらくは小松左京であってもそこで力つきて、本題である第二部が未だ書かれずにいること。
一方「ハイドゥナン」の方はといえば、沈没と沈没の阻止というプロセスが主題の一つであるので、日本全部を沈没させる必要はない。というわけで、「日本沈没」と比較するのは間違っているし、かえってそんな先入観は邪魔になる。
むしろ読んでいて思ったのは、池上永一の「風車祭」との類似性。池上永一はユタやマブイクミといった琉球の風土と伝承をマジックリアリズムの手法で描いたのに対して、藤崎慎吾は科学で描こうとしているからだ。
本作では前作「蛍女」で登場した<森知性>論を発展させた圏間基層情報雲理論が登場する。この理論によれば、あらゆるものが情報で結ばれていてコミュニケーションが不可能なものはないという。日本古来の「八百万神」までも科学で説明してしまおうとするから豪快だ。
その他にも、量子力学を用いた量子コンピュータや、共感覚、宇宙生物学、前向性健忘症、さらには地殻内微生物と地震発生の関連性という仮説まで投入されている。そしてこれらは全て圏間基層情報雲理論を通して結びついていくのだ。しかし、あまりに盛り込み過ぎたせいで上下巻2段組950ページを費やしても説明不足気味になっている部分もある。あるいは読者の科学知識レベルを高く見積もりすぎ。マイクル・クライトンだったならば、表や図を盛り込んではったりを咬まして読者を納得させただろうことを思うと、少し残念だ。
パニック小説ではないので、そういったものを期待しない方がいいが、それでも終盤のサスペンスはなかなかのもの。第七章に入ってからは、それまで積み上げてきたあらゆる要素が一気に爆発する怒濤の展開となる。そして、時折合間に挟まれていた木星の衛星「エウロパ」への探査の話は、フチヌマブイクミ(星に魂を戻す儀式)として、あるいはハイドゥナンとして、最後にきれいに収束していく。同時に、前向性健忘症として三分しか記憶を維持できない主人公の弟のエピソードも胸を打つ終わり方をする。
SFファンならこの本の厚さにひるまず読め。
「『日本沈没』を凌ぐ最高の科学小説」とオビに書かれているけれど、沈没するのは琉球諸島のごく一部だけ、しかも完全には沈没しないし、沈没というよりも時速300Kmで噴出するキンバーライトの噴火で島が吹き飛ぶのだ。逃げる暇さえない。
最新科学知識に基づくと、短期間のうちに日本を沈めることは不可能だというのが理由の一つ。科学が発達すると、今まであった空白の地平が埋められ、想像の余地が無くなってしまうわけである。もっとも新しい空白の地平が生まれることもあるので想像の余地がなくなるわけでないけれど。
もう一つの理由は、目指すものが違っているということ。小松左京は日本沈没を描きたかったわけではなく、その後の「さまよえる日本人」を描きたかったのであり、日本人をさまよえる民族にするための手段として日本を沈没させた。それだけのためにあんな小説を書いてしまったというのも凄い話だが、惜しむらくは小松左京であってもそこで力つきて、本題である第二部が未だ書かれずにいること。
一方「ハイドゥナン」の方はといえば、沈没と沈没の阻止というプロセスが主題の一つであるので、日本全部を沈没させる必要はない。というわけで、「日本沈没」と比較するのは間違っているし、かえってそんな先入観は邪魔になる。
むしろ読んでいて思ったのは、池上永一の「風車祭」との類似性。池上永一はユタやマブイクミといった琉球の風土と伝承をマジックリアリズムの手法で描いたのに対して、藤崎慎吾は科学で描こうとしているからだ。
本作では前作「蛍女」で登場した<森知性>論を発展させた圏間基層情報雲理論が登場する。この理論によれば、あらゆるものが情報で結ばれていてコミュニケーションが不可能なものはないという。日本古来の「八百万神」までも科学で説明してしまおうとするから豪快だ。
その他にも、量子力学を用いた量子コンピュータや、共感覚、宇宙生物学、前向性健忘症、さらには地殻内微生物と地震発生の関連性という仮説まで投入されている。そしてこれらは全て圏間基層情報雲理論を通して結びついていくのだ。しかし、あまりに盛り込み過ぎたせいで上下巻2段組950ページを費やしても説明不足気味になっている部分もある。あるいは読者の科学知識レベルを高く見積もりすぎ。マイクル・クライトンだったならば、表や図を盛り込んではったりを咬まして読者を納得させただろうことを思うと、少し残念だ。
パニック小説ではないので、そういったものを期待しない方がいいが、それでも終盤のサスペンスはなかなかのもの。第七章に入ってからは、それまで積み上げてきたあらゆる要素が一気に爆発する怒濤の展開となる。そして、時折合間に挟まれていた木星の衛星「エウロパ」への探査の話は、フチヌマブイクミ(星に魂を戻す儀式)として、あるいはハイドゥナンとして、最後にきれいに収束していく。同時に、前向性健忘症として三分しか記憶を維持できない主人公の弟のエピソードも胸を打つ終わり方をする。
SFファンならこの本の厚さにひるまず読め。
藤崎慎吾
コメント
こんにちわ。
本文とは関係ないコメントでまことに申し訳ありませんが、Takemanさんは本の保管方法など、どうしているのでしょうか?
自分も読書家で小説や専門書などを大量にもっているのですが、最近本の劣化が気になりはじめてます。
もしよろしければ教えていただけないでしょうか?
屍さん、こんにちは
えー、実に答えにくい質問ですね(^^;
本好きな人間にはあるまじき行為なのですが、保管に関しては何も考え
ていません。
とりあえず家の中には五棹の本棚がありますが、読み終えた本はそこに
つっこんでおきます。しばらくするといっぱいになるので、隙間に詰め
ます。さらに時が過ぎると本が床にあふれ出します。そうなると危険信
号が鳴り響き出しますので、家人の怒りが爆発する前に、段ボール函に詰めて、家の外のプレハブ小屋に運び込みます。
で、最初に戻ります。
え、プレハブ小屋の中の本はどうなっているかって?
どうなっているかなんて恐ろしくって確かめることなんてできません
よ。
というわけで、お役に立ちませんが私の場合、本の損傷は気にしない
というか目の届かないところに置いて存在自体を無視しています。
そうですか(笑
返答どうもです。
自分の場合読み終えた本でも面白かったら何度も再読しているので、本の状態を気にしてしまうんですよね…。
人頭税にかんして、台湾がとても気になっています。
それにしても池上永一・・・復活してくれればいいのですが。
コメント、ありがとあんした!
>びんさん
そういえば池上永一の新作は角川書店より来月発売予定でした。