キム・ニューマンの『ドラキュラ紀元』が東京創元社から翻訳されたのは1995年のことだった。文庫で600ページを越しているので結構分厚い文庫だったが、そのせいもあってか買って積読にしてしまっていた。
そもそもホラーにはあまり興味がなくブラム・ストーカーの『ドラキュラ』は読んではいたけれどもドラキュラ物にも思い入れがあるわけでもなく、ドラキュラが倒されずに、英国を支配したという設定のこの本もそれほど読みたいという気持ちがあったわけでもなかったのである。とりあえず歴史改変物の一種、といっていいのかどうなのか疑問に思う部分もあるのだが、通常、歴史改変物というと実際の歴史とは異なる歴史であって、創作である物語を改変したもののことを指すわけではないのだからだ。
とはいってもドラキュラぐらいに有名な話となるとそれ自体が史実としてそこから改変した物語を歴史改変物に含めてしまっても構わない気もする。
それから数十年経つと読みたいという気持ちも出てきて、古書を探して読もうかなという気持ちになっていたところで、復刊した。しかも、いろいろとおまけの短編や解説付きである。文庫形態ではないので値段も高めだが、このボリュームをみればこの値段も納得も行く。
こんどこそは読むぞということで読み始めてみると、意外と読みやすい。もっとも登場人物が多数登場するので最初の付近は巻末の人物一覧と首っ引きとなるのだが、紙の本でよかったと思う。
有り体にいえばヴァン・ヘルシング教授がドラキュラに負けてしまい英国女王とドラキュラが結婚をし、事実上、英国がドラキュラの支配下になった世界という設定だけの物語でもあって、基本的な物語はヴァンパイアと化した娼婦を殺す連続殺人鬼、切り裂きジャックを追い詰めるという単純な物語でもある。なおかつ切り裂きジャックの視点も描かれていてその正体も読み手にはわかっている。謎解きもへったくれもなく、キム・ニューマンの作り上げた世界を単純に楽しむだけである。
で、肝心のドラキュラはというと最終章になるまで登場しない。そもそもそれまでは一切ドラキュラ視点の語りもないので、ひょっとしたらドラキュラ本人は登場しないまま終わってしまうのかも知れないと思ったくらいなのだが、登場したかと思ったらものすごいインパクトであった。
最後の最後にとんでもない設定をぶちかましてくれたので思いっきり堪能することができた。
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