多岐川恭は今まで読んだことがなかった。
江戸川乱歩賞を受賞した『濡れた心』はあらすじを見て食指がうごかなくて、それが原因だったと思うのだが、SFでもある『イブの時代』も手にとることがなく、それ以外での代表作も耳に入ることがなかった。
今だったら読んでもいいなと思うのだけれども、そういうわけで、この作品も存在そのものすら知らず、非常に凝った安楽椅子探偵物だと知って慌てて読んでみることにした。
陳浩基の『13・67』の最初の話が安楽椅子探偵物の話で、探偵役は末期癌で昏睡状態という究極の安楽椅子探偵だったが、この本の探偵役もそれに近い。ただし、病院で入院していて身動きはとることはできないが、会話はできる。そんな探偵に対して謎を持ちかけるのが語り手の青年なのだが、物語はこの語り手の会話のみで構成されている。なので、探偵役のセリフも語り手の口から語られる。
ずいぶんとまだるっこしい仕掛けなのだが、物語が進むにつれて物語の中での時間も経過していき、探偵役のおやじさんは体調がよくなるどころか少しずつ悪くなっていく。おやじさんの病気は治る見込みのない病気でそして会話も徐々に少なくなっていき、言葉を交わすことも次第に困難になっていく。
そんななか、おやじさんは見舞いに来る青年の世間話の中に潜む矛盾を見つけ、そして青年の会話から意外な真実を暴き出す。
いやあ、これは傑作です。
読み終えて真相が明らかになると、この凝った構成の妙が理解できます。
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