死には手引き書がない。どうすればいいのか、何が起こるのか、誰も教えてくれない。
今まで全然知らない作家だったけれども、久しぶりに見た瞬間にこれは面白い本じゃないかと感じた。
320ページほどで24篇+リディア・デイヴィスによる気合の入った序文と訳者あとがきが収録されているところからわかるように一篇が短い。なので一つ一つの短編は短時間で読み終えることができるのだけれども、これが後を惹く。
リディア・デイヴィスの序文でも書かれているけれどもとにかく引用したくなるような文章のかたまりで、そこで何が書かれているのか、なにが起こっているのか、どうしてこんな文章を書くことができるのか、読んでいてそんな思いばかりさせられる。もっとも最後のやつは僕がたまに小説を書くようになったからなのだが、こういう文章を書くことができればいいなあという思いに焦がれる。
作者が実際に経験した出来事をもとに書かれた話ということで同じ登場人物が登場する話も多い。なので一部の作品は連作短編といってもいいのだけれども、一つの事柄を異なる角度から描いてみたという感じがする。
事実に基づいた話でありながら切れ味は鋭い。表題作なんかは最たるもので断片的に語られる語り手の物語の中から突如、それまで語り手が見せてこなかった内面的な部分が表面に飛び出してくる瞬間が切なくさせる。
お気に入りは「いいと悪い」
主人公はアメリカ人の女子高生。父親の仕事の関係でチリで生活をしているが、有力者の父を持つ彼女はわがまま放題のドラ娘だ。父親を尊敬している彼女は父親の受け売りでチリはアメリカの手助けなしにはやっていけないとチリの国を見下している。
そんななか一人の新米アメリカ人教師が主人公を社会勉強させていく。
という展開だと世の中を知って主人公が自分の無知を悟っていく、という展開を想像してしまうのだが、たしかにそういう方向へとすすむけれども、そんな単純な話にはならない。主人公は自分が無知であったということを知ると同時に、自分を導く教師の無知も知ることになる。しかし主人公は無知の知を得るけれども教師は得ることはない。そこに悲しみが訪れる。
いろいろと考えさせられる話なのだが、多分作者はそんな目的でこの話を書いたのではないのだろうという気もする。
幸せではなく、明るくもない話なのだが、不幸ではないし暗くもない。
三ページもかかって女の人の着物を脱がせるミシマの小説みたいだ。
コメント