台風一過の翌日。
時計がほしいと言っていたので仕事に出かける前に時計を持って病院に行く。持っていく時計は、二週間ほど前に妻が、どういう理由なのかはわからないけれども欲しいと言って買った時計だ。使っている目覚まし時計の調子が悪いのでデジタルで機能の少ないシンプルなものがほしいと言っていた。しかし使っている目覚まし時計の調子が悪いのかといえばそんなことはなく、多分、目覚ましの時刻の設定のしかたがよくわからなかっただけなのだろうと思うのだが、真相はわからない。
今回の病院は面会時間が8時からなので助かる部分がある。
雨戸を開けると庭先の物干し台が倒れていた。家に対して平行に倒れていたが、これが平行でなかったら家にぶつかっていただろうし、雨戸を締めてなかったら窓ガラスが割れていたかもしれない。雨戸を閉めておいてよかった。
前回の面会のときに足りない荷物を持っていったところ、こんなにも必要ないと怒られて持ち帰ってきたのだが、あれから2日。もう少し着替えとかが欲しいといい出すかもしれないので念のために一緒に持っていくことにする。
車がいつもよりも多く、道も混雑している。いつもより30分ほど早めに家を出たせいで通勤時間と重なってしまったのだろうと思っていると、必ずしもそういうわけではなく、信号機が止まっていて警察官の人が交通整理をしていたせいだった。
前回の台風と同じくらいか少し強いという程度にしか思っておらず、自分の家は停電もせず水ももちろん出たので全く考えもしなかったのだが、あたりはいたるところで停電をしていた。病院は大丈夫だろうかと心配するも、僕が心配するようなものではなく、むしろ家よりも病院のほうが安全だろう。
交通整理してくれている交差点はまだしも、交通整理などない交差点のほうが多く、ものすごく神経を使う運転となった。そもそも病院へ行かなければいけない上にその後は仕事場へ行かなければいけない。
病院に行くと案の定、病院も停電していた。しかし自家発電設備があるのだろうか、エレベータは動いているのでそれに乗って二階の病棟へと向かう。階段もあるのかもしれないが教えてもらっていないのでエレベータを使うしかない。
病棟の中も、非常灯以外は電気はついていないが日が明るいおかげでそれほど暗くはない。面会室も窓があり、日が入ってきているので明るい。
持ち物を調べさせてもらいますと言われて持ってきた時計を差し出す。結構厳しい病院である。前回の病院は中身の内容を聞かれたぐらいで調べられることまではなかった。もちろん今の病院のほうが本来のあり方なのだろうけれども。
面会室で待っているとしばらくして妻がやってきた。
見た目はあまり変化はない。
しばらくぶりにまともに妻の顔を見たという感じだ。まだまだ痩せていると同時に年をとったなと思う。まあ年を取ったのはお互い様だ。妻からしてみれば僕の方も老いさらばえて見えているのかもしれない。
「あの家にいて何も感じない」と妻は聞いてくる。
「なにもないよ」と答える。
「あなたはのように何も気にしない人だったら私もよかったのに」
今住んでいる家にいて妻が何を感じたのかはわからない。幻聴かそれとも妄想か、あるいは電気をつけようとせず、僕のいないときにすべてのブレーカーを落としてさらに目覚まし時計の電池も抜いたことがあったくらいなので、ひょっとしたら電磁波のようなものを浴びているという感覚に襲われていたのだろうと思う。
ほんの少しでも食事を食べると体が動くようになってくると妻が言う。少しだけでも食べてくれているのだと安心する。
生まれたところじゃないからこの土地に愛着がわかない。第二の故郷と思うことはできないと妻は言う。昔からそうだったのでそのことに関しては気にしない。第二の故郷になってくれるのであればそれはそれでありがたいが、それはあくまで妻がこの土地に住むことに安心をしてくれればいいという意味で、それ以外に思うことはない。かといってこの土地が大嫌いと言われるとそれはそれで悲しいものがある。もちろんそれはこの土地に住む人を否定されたという意味でだ。
妻のそういう考えも無くなってくれればいいのにと思うが、難しいだろう。
長袖のインナーシャツが欲しいと言うので次回のときに持ってくるようにするのだが、綿の物がいいという。妻の容態がわるくなってから、妻は綿の物がよく、ポリエステルとかの入っているものは良くないというようになった。おそらくこれも体になにかしびれのようなものを感じているせいなのだろう。
この病院では面会後に患者の様態が良くなったか、悪くなったか、それとも変化なしか、その他気がついたことに関して紙に書かされる。いや、書かされるという言い方は良くないかもしれない。病院のスタッフに見せる顔と家族に見せる顔とは違う場合が多い。だから家族にしか見せない顔、あるいは状態を病院側が知ろうとすることをしてくれているということは、どこまでそれが治療に結びつく事ができるのかはわからないけれども、そこまで考えてくれているのだと安心することができる。ただ、あまり愛想の無いスタッフが多いけれども。
コメント
妻を無理やり病院に連れていくため、妻のうしろから両手をまわして逃げないように抱いて、マンションの階段を降りていったとき、妻がそれまで聞いたことのない大きな声で、
「助けてー」
「注射は嫌だー」
「この街は嫌だー」
と叫んだことは忘れられません。
多分、実家から遠いところに住んでいる寂しさもあると思いますが、妄想や幻聴に悩まされて、今住んでいるところが怖かったんじゃないかなと思います。
地元出身の私からすると悲しいことでしたが。。。
最近では、「部屋が狭いから引っ越そうか?」と聞くと、ここは静かでいいから引っ越したくない。と言います。
とは言っても、実家に帰りたいとは思ってるんでしょうけど。
Takemanさんの奥さんも、妄想や違和感から、今の住まいに恐怖を感じているのではないでしょうか。そうであってほしいです。
swayさんの奥様もそうだったんですね。
うちの妻の場合は、真意がどうなのかというところは今の所よくわからない部分があります。
妻の父親が引越し好きだったせいか、嫌なことがあれば引越ししてリセットできると考えてしまう癖があるようなので、ちょっと厄介ですね。