河出文庫から東浩紀による小松左京セレクションが出たとき、短編やエッセイにまじって、長編の一部だけが収録されていたときにちょっと驚いた。
僕には長編の一部だけを読むという習慣も感覚も無いので、ちょっと不思議な気持ちになったのだ。もっとも、冷静になってみれば、評論という分野において、文章の一部だけをとりだして評論するということは不思議なことではないので、長編の一部だけを収録しても何の問題もないはずだ。
しかし、それは評論を読むという行為においてであって、作品を読むという行為の場合はちょっと異なってくると思う。長編の一部だけを読んで満足するかといえば満足しないし、結局のところは気に入れば、長編全部を読まざるを得ないのだ。
そういう点において、この本は、僕の好みからもっともかけ離れた本になる。なにしろ収録作8篇のうち6篇は一部だけを抜粋した抄録なのだ。
川西蘭の「決戦は金曜日」を読みたかったので買ってしまったのだが、これだったら集英社文庫の『ひかる汗』を探して買うべきだった。
とはいうものの、他の収録作家についてみても、名のみ知るもののまともに読んだことなど無い作家ばかりなので、お試しという意味で読むぶんにはちょうど良かった。
編者の底意地の悪さが発揮されているのか、冒頭の話がいきなり重い話になっている。主人公の少女が学校でいじめられる話である角田光代の「空のクロール」だ。安易な解決に持ち込まない分、リアルでありそれ故に、救いの無さが残るのだが、読後感はそれほど悪くないのは主人公の造詣の奥深さによるものなのだろう。
ブラスバンドを扱った小説というと、津原康水の『ブラバン』を思いつくのだが、中沢けいの「ブラス!ブラス!!ブラス!!!」もそうである。もっともこちらは『楽隊のうさぎ』の一部抜粋なのだが、いずれ元の長編の方を読んでみようかという気持ちにさせられた。
で、問題の川西蘭の「決戦は金曜日」はどうだったかといえば、十分に満足できる話だった。
人によっては決着のつかないまま終わるこの終わり方に不満を覚えるかもしれないが、ここで終わるからこそ、この話はすばらしいのだ。
コメント