松任谷由実の曲に『NIGHT WALKER』という曲がある。僕の好きな曲のひとつだ。
久しぶりに妻が散歩に行こうといった。
この前、妻と散歩に出かけたのはいつのことだろうか。一年ぶりくらいかもしれない。もちろん夜の散歩だ。
しばらく空き家になっていた隣家の借家に借り主が決まってから妻の気持ちが不安定になった。隣の家とはいえ、近くに知らない誰かがいると考えるだけで、妻はもう駄目なのだ。
妻が散歩に行こうといい出したのは、散歩に行きたかったというだけではなく、家から出たかったという理由も多分にあるのは容易に想像ができる。
家の中では小声で喋る妻も、外に出た途端に普通の声で喋り始める。
家のない道を歩いているわけではないので、普通の声で喋れば通り沿いの家の中に人にも聞こえるのだが、妻にとってはそういうことは気にならない。誰に聞こえるのかが問題で、誰かに聞かれるということは問題ではないのだ。
あなたの子供を産んであげられなくて悪かったね。
妻が言う。
もともと妻も僕も子供に関してはそれほど執着心はなかった。
とはいえども子供を作ろうとしなかったわけではない。
努力はしたけれども結果、恵まれなかっただけである。
そんな中途半端な気持ちだったからできなかったのかもしれないし、中途半端な気持ちだったからできなくってよかったのかもしれない。
子供がいたら妻は統合失調症にならなかったかもしれないし、いてもなったかもしれない。
僕の父は僕が生まれたという知らせを聞いて車で病院に行く途中、喜びすぎたのか、運転を誤り田んぼに車ごと突っ込んだらしい。そんな話を小学生の頃に母から聞かされたことがある。
父とおなじような気持ちになることは僕にはできないのだとおもうと少しさびしい気持ちにもなるのだが、それは妻も同じである。
たまに子供がいたら僕と妻はどういう人間になっていったのだろうと思うこともある。
でも、子供のいない世界で生きていくしかない。
だから、僕は妻に、
そんなことは気にしなくていい。
と答える。
この言葉を妻がどのように受け止めてくれるのかはわからない。でもそう答えるしかない。
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