菜時記 師走/戊寅

統合失調症を発症していらい、人の大勢いる場所を恐れるようになった妻は、買い物に行くことも困難になった。
だから僕は妻の代わりに一週間分の食料品や日常品を買うために週末、一人で買い物に出かける。
大きな幸せは望めないし、見つけることも半ばあきらめている。その変わりに小さな幸せはわりと見つけることが得意になった気もする。吹けば飛ぶような小さな幸せだが、妻が一瞬でも笑顔をみせてくれたのなら、それだけで幸せな気分になることが出来る。
菜時記 師走/戊寅
妻の風邪は少し良くなってきているのだが、まだまだ咳がひどい。
そんなわけで今週も病気に合わせた献立を考えたうえでの買い物をする。
店の入口ではバナナが安売りをしていた。大きめの物が八本で191円である。正直なところ8本もいらないのだが、いつもの5本のものが198円であることを考えると、こちらを買うほうがお得である。
キャベツは1/2カットで138円。少し高いが先月と比べると安い。長ネギは2本で170円。事前にチェックしたちらしでは次の店では長ネギは載っていなかったのでこの値段ならば買っても大丈夫だろう。
玉葱は3個で149円。これも安い。
白菜が1/4カットも149円。それほど安くはないけれども、これこそ白菜だ、と思えるくらいの大きさなのでこれだったら決して高くはないだろう、いや満足できる。
などと思ったところで先日読んだ本のある場面が頭に浮かんだ。
それは登場人物たちがいかに自分が慈悲深いかを次々と語っていく場面だ。
「おれは、命を奪うのを恐れて干した豆しか食べない」
「わたしは、植物の命さえ奪うのを恐れて干した豆の殻と木から落ちた皮だけしか食べない」
「やつがれの胃袋は植物を受け付けない。腐った肉しか食べない」
野菜も命であり、それを食べるのであれば軽々しく、大きく育った野菜だななどというべきものでもないのかもしれない。
と、思った。

コメント

  1. 初めてのコメントになりますが、いつもご覧いただきありがとうございます。私の身近にも同じ境遇の方がいるので色々と理解しております。
    更新は頻繁ではないですがこれからも読んで頂ければ幸いです。

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