『真実の10メートル手前』

真実を知るということと、その真実を広く伝えるということ。一見するとそのどちらも正しい行いであるのにそこに潜んだ問題点を浮き彫りにする物語だ。
それはこの物語の主人公が記者であるということから生まれる問題でもあるのだが、同時に僕のようにブログを書くということを行なっている人間にとって身近で、そして常にどこかで心に止めておかなければならない問題でもある。
といってもこの本はミステリであり、殺人事件、あるいは人の死、失踪といった出来事が物語の発端で主人公はその出来事の中に隠れた真実を記者として明るみへと出そうとする物語である。
表題作は、失踪した女性の行方を追う話。彼女は資金繰りが破綻して倒産したベンチャー企業の広報担当者。主人公は僅かな手がかりの中から彼女の失踪先と思われる場所を特定し、彼女の居場所を探しだす。しかし、主人公がたどり着くのは真実の10メートル手前までである。そこから先へと主人公が踏み出したのかどうかは描かれないのだが、それも含めての「手前」なのだ。
謎解きとしては完結しているのに物語としては完結していない。一連の連作短編の冒頭の一作としてはある意味完璧な物語なのかもしれない。
それと対をなすというか、主人公に対して作者が明確に目的を与えたのが最後に位置する「綱渡りの成功例」だ。
真実を報道するということと、それによって行われるかもしれない社会からの悪意の可能性、それだけならばこれまでの物語とたいして変わりはないのだが、それでも真実として一つの指標を残すことによって、なにもしないことによる最悪の事態からは逃れるかもしれないという結論を主人公に出させたということの大きさは、そこの先このシリーズが書き継がれるかどうかは別として、一つの結論に到達したという点で、そして、それが「綱渡りの成功例」であるということを自覚していることを含めて、すごいところに物語を着地させたものだなと感心してしまう。
こういう作品を読んでしまうと、自分が何かを書くということに対して、それがどういうふうに読んだ人に受け止められるのか、そしてどういうふうに広まっていってしまうのだろうかということを常に考えながら書かなければいけないのだなと思ってしまう。

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