一休さんという愛称で親しまれている一休宗純の逸話の一つに、正月に杖の頭に骸骨を付け「ご用心、ご用心」と叫びながら練り歩いたという話がある。
今年の話ではなく既に過ぎ去ってしまった過去の事柄なのだが、後悔と懺悔と贖罪を求めて年の終わりに書いておくことにする。
以下の文章は、ある人の書いた、書かれながらも陽の目をみることなしに埋もれたままになっていった言葉である。
毎日データ入力を必死でやった。
○○さんは「暇な人がやる仕事」と言っていたし、他の人もみんな嫌々やっていた。
□□さんはほとんどやらなかった。
なのに私は毎日5時間やった。
ミーティングにもメーリスにも入れてもらえず、何を作っているのかわからない状況だった。
完成したら、初めにきいていたものと全く違っていてがっかりした。
入力したデータは使われなかった。
賽の河原ってこんな感じかなと思った。
それなら生きてても死んでても変わらないと思った。
退社後、マンションの14階からずっと職場を眺めていた。
いつ飛び降りようか考えていた。
みんなたばこを吸っていた。
陽の目をみることのなかった言葉をこうして掘り起こして明るみに出すことは褒められたことではない。しかし、この悲しい言葉たちを日の当たる場所へと解き放し、解放させてあげたい。
ずっとそう思っていた。
そして、申し訳ない。
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