莫言がノーベル文学賞を受賞した直後、絶版だった作品が復刊されるのかと思ったらそれほど復刊されず、まあ、こんなものかと思っていたのだが、水面下ではいろいろと企画が進行していたようで、ここに来て文庫化やら新たな作品の翻訳やら、日本独自のオリジナル短編集やらが出始めた。
この本は短編の他にノーベル文学賞受賞講演を収録したオリジナル短篇集で、さらに、莫言の実質的なデビュー作も収録されている。
ただ、個人的にいえば、莫言の物語は短編よりも長編の方が好みで、長ければ長いほど面白い。
なので、この短篇集は少しばかり物足りない面もあったのだが、というか、短いとどうも莫言の面白さを感じ取るまでに読み終えてしまって、これでおしまいなのかと拍子抜けしてしまうのだ。
なので面白いと感じたのは、「花束を抱く女」「お下げ髪」「鉄の子」の三作。
「花束を抱く女」は結婚式を上げるために帰郷した青年将校が、犬を連れた花束を抱く女に付きまとわされ、そして人生を転落していく様を描いた話。花束を抱く女は一言も喋らず、微笑み続けて主人公の後を追いかけ続けるだけであり、彼女が何を考えているのは一切説明されない。彼女は人外の生き物のようにも捉える事もできるのだが、そこはあくまで中国的マジックリアリズムということにして、物語そのものは彼女のせいで主人公は全てを失うという悲劇でありながら、結末は必ずしも悲劇ではない。
「お下げ髪」は解説を読むと、中国という国の「単位」社会の暗喩と読むことができるらしいのだが、あいにくと僕はそこまで中国という国に詳しくない。ただ、ここで描かれた世界とそして読み手を宙ぶらりにしたまま置き去りにする唐突な幕切れは印象的だ。
「鉄の子」は莫言版『日本アパッチ族』といったところ。ただし莫言のこの短編はおそろしく短い。主人公の子供が鉄を食べる少年と出会い、そして鉄が美味しいことを知り、いろいろな鉄を食べるのだが、やがて彼らの噂がひろまり、そして捕まえられて体に浮いた錆を鑢でこすられ痛がるところで幕が閉じる。
莫言がこの物語を長編化していたらどんな物語になったのだろうか。
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