- 『かっこいいスキヤキ』泉昌之
一人の男が駅弁を食べるだけの話なのに、こんなにも面白いのは何故なんだろうか。
泉昌之は久住昌之と泉晴紀による合作時のペンネームで、久住昌之は原作担当で後に谷口ジローと組んで『孤独のグルメ』を発表している。グルメ漫画でありながら彼らの描く漫画は、何をどのような順番で食べるか、というところに焦点があたることが多い。先の駅弁を食べる話も、主人公が駅弁のご飯とおかずをどのような順番で食べるのかということにひたすらこだわる話だ。もちろん、まるまる一冊、そんな話で終わるわけではなく、この本は短篇集なのでそれ以外の話もある。タイトルが『かっこいいスキヤキ』なのでグルメ系の話が多いのかといえば意外なことにグルメ系の話はこの二編しかない。その他に、四畳半の安アパートに住むウルトラマンのシリーズがあるのだが、残念なことに後に円谷プロからの物言いがついて、最初の青林堂版にしか収録されていない。 - 『モジャ公』藤子・F・不二雄
五巻以内で完結している漫画を選ぶといっても、誰もが思いつくような漫画ばかりを選んでも面白くない。なので、漫画をあまり読まない人でも思い浮かべることのできるほど有名な漫画家の作品は選ばないようにしたけれども、この作品だけは別格としたい。藤子・F・不二雄の作品であれば短篇集の方が切れのある作品が多いけれども、一冊を選ぶとなると難しい。そうなると内容的にも文句なしでしかも一冊としてまとまっていて連作短編なので長編としても読むことができるこの作品がベストかなと思う。もっとも一冊にまとまっているといっても685ページもあるので質だけでなく量的にもずっしりくる。
物語はふとしたことから宇宙を旅することとなった地球人の少年、空夫と宇宙人モジャ公、そしてロボットのドンモのドタバタギャグの話。なのだが、それはあくまで最初のうち。中盤から後半にかけて、藤子・F・不二雄が自分の描きたいように描き始めたせいか、随所にSF的な仕掛けや設定が出始めてくる。ギャグ漫画だったはずのものがいつのまにかシリアスで、ダークな物語へと変貌しつつ、それでいてユーモアもギャグも残っている。藤子・F・不二雄の最良の部分がもっとも色濃く出た漫画だ。
ただ、残念なのは、この漫画が連載漫画でありながらも打ち切りだったことだ。物語は一応の終わりを迎えるのだが、それでも、藤子・F・不二雄が目指していたものはもう少し違ったものだろうと思う、
しかし、それは完結しながらも未完であるこの漫画の正しい終わり方だったのかもしれない。 - 『邪眼は月輪に飛ぶ』藤田和日郎
藤田和日郎はパワフルで面白い漫画を描く作家だ。しかもどの作品もきめ細かな伏線が貼られていて、一見すると無茶な設定であったとしても後の展開でその無茶な設定がしっかりと意味のあるものになっていて、しかもその後というのが単行本にして十巻以上も経ってからだったりする。そんなことを週刊連載で行っているのだからいったいどこまで最初から考えて物語を作っているのだろうか、感心する以前に恐れ入るばかりなのだが、残念なことに長い話が多い。連載の最初からつきあっているのであればまだしも、面白いよといわれて勧められた漫画が四〇巻以上もあったりすると躊躇してしまう。
しかし、そんな面白い漫画を描く人の作品に触れてみたいとなると短い話もたまには描いてくれよと注文を付けたくなるが、藤田和日郎の場合はそこも抜かりがないらしい。『邪眼は月輪に飛ぶ』は一巻で完結してそれでいて藤田和日郎の持ち味はしっかりと存在している。『黒博物館スプリンガルド』も捨てがたい。 - 『我が名は狼(1)』たがみよしひさ
- 『我が名は狼(2)』たがみよしひさ
たがみよしひさといえば、『軽井沢シンドローム』かたがみよしひさのミステリ好きな部分が全面に出た『NERVOUS BREAKDOWN』が有名。残念なことにどちらも5巻以上なので、5巻以内で完結する作品を選ぶとするとこの作品か『滅日』全2巻になるだろう。『PEPPER』も捨てがたいけれども、『滅日』にしろ『PEPPER』にしろ、たがみよしひさのシリアスな部分しか現れていない。
そこへいくと、『我が名は狼』の場合、場面の切り替えにセリフを重ねあわせる、たがみ節こそないが、コミカルな場面では3頭身、シリアスな場面では8頭身で描かれる作風はすでに完成された物となっている。
長野県にあるペンションたかなしに、オーナーの親友の息子、犬神内記が訪れるところから物語は始まる。基本的に一話完結の物語で、毎回毎回、ペンションたかなしに宿泊しにきた女性が主人公と関わることによって物語が展開していく。しかし、犬神内記は一応の主人公でありながら、本当の主人公はペンションたかなしに訪れた宿泊客の女性の方なのだ。どの女性もなんらかの悩みを抱えており、犬神内記と関わりあうことによって少しだけ救われる。そしてそれぞれの物語も、幽霊奇譚風だったり、スキー場に現れる雪女の謎の物語だったり、殺人事件の謎を解く話だったりと、女性の悲哀を中心とした愛憎劇でありながらその味付けは多種多彩だ。
描かれた時代が時代だけに古臭く感じる部分もあるかもしれないが、読み進めていくうちにたがみよしひさの世界にどっぷりと浸かる心地よさを感じるはず。
オリジナルは全3巻だが後に2冊にまとめられた文庫がでている。 - 『カラメルキッチュ遊撃隊(1)』大石まさる
- 『カラメルキッチュ遊撃隊(2)』大石まさる
- 『カラメルキッチュ遊撃隊(3)』大石まさる
なかなか漫画を描いてくれない鶴田謙二の隙間を保管してくれるのが大石まさるだ。
そのことを本人が意識しているのかどうかわわからないけれども、<水惑星年代記>シリーズは絵柄まで鶴田謙二ふうの絵柄で、しかも7冊出してくれたので堪能することができた。
それ以降はおそらく意図的に絵柄も作風も変化させようとしているようで、鶴田謙二から脱却した大石まさるの変化は今のところ試行錯誤っぽい部分もある。
主人公が大人の女性である『ライプニッツ』も悪くないが、ここはあえてジュブナイルSFである『カラメルキッチュ遊撃隊』全3巻を選んでみた。
ある日突然、青い月が現れた時、地球上の都市が地表からえぐり取られるような形で消滅した。物語はそれから十数年後の話、都市部以外に住む人々達は少しずつ文明を復興させていたのだが、この「大消滅」以降、あちらこちらでイホージンと呼ばれる謎の生命体達があちらこちらに出没するようになる。「大消滅」とイホージンの謎を縦糸に繰り広げられる物語は、三人の少女たちの夏休みを中心としたほのぼのとした物語で、シリアスな基本設定とは裏腹に非常に良質なジュブナイル物語となっている。
主人公たちが「大消滅」の時点ではまだ赤ん坊で、「大消滅」以降の世界しか知らないというところが一つのポイントで、大人と子供との間における世代間の格差が物語の主題の一つとなっている。
最終巻では矢継ぎ早に話が進み、もう少しじっくり描いてもよかったんじゃないかとも思わせるのだが、その一方で、一気に物語を畳み込むこのスピード感と、あちらこちらに散りばめられた情報の密度の高さは、むしろやみくもに丁寧に描けばいいものではないという良い見本でもある。 - 『春風のスネグラチカ』沙村広明
現在のロシアという国が、かつてはソビエトという名前で呼ばれていたことを知らない世代も多くなってきた。さらにはそのソビエトでさえその前はロシアと呼ばれていて、ロシアという国がソビエトになってそしてまたロシアになった時、ロシア人はソビエトという国があったことを無かったことにしたかったのだろうかと思った。
それはさておき、この物語はかつてのロシア、ロシア帝国と呼ばれた時代から革命をへてソビエトとなった時代の物語。最近の沙村広明にしてはめずらしく直球どまんなかのシリアスな物語だ。
両足が義足の車いすに乗った少女と彼女に付き添う片目の青年。二人の素性はまったく語られず、謎のままに物語は進む。あまり内容について触れてしまうと二人の正体がわかった時の驚きが失われてしまうので、これ以上は書かないが、二人の正体が判明したときに判る歴史の隙間の部分をうまく埋めたミステリとして堪能することができると同時に、沙村広明の持ち味の一つである、サディスティックで猟奇的な、いってしまえば作者の趣味がうまく物語とミックスされた作品でもある。 - 『Pの悲劇』高橋留美子
高橋留美子も藤田和日郎と同じく、とにかく長いお話を描く。どこまでそのことを自覚しているのかわからないけれども、これだけの長いキャリアのなかで、いまだに衰えを見せないのも凄い。しかし、高橋留美子の場合は時々短編を描いている。主に大人向けの話なのだが、高橋留美子は短編を描かせてもうまい。長い連載の合間に、よくもまあこんなに質の高い短編を描くことができるものだと感心するしかない。
表題作はペット禁止の団地でお得意先のお客さんが飼っているペットのペンギンを一時的に預からなくてはいけなくなったとある家族の話。短編ながらも4つの章に分けられ、それぞれ「P」で始まる単語の題名がつけられているという凝りよう。団地の中でも動物をこっそりと飼っている人もいて、一方で規則を厳守する運動をしている人達もいる。双方の対立する中、主人公一家は預かっているペンギンの秘匿に苦労をするのだが、登場人物の一人が言う「動物が好きな人は善人で、嫌いな人は悪人なのか」という言葉は考えさせられる。
この短篇集の中で唯一、コメディでないのが「鉢の中」という短編。嫁と姑の確執の話で、お嫁さんが義理の母をいじめていたという噂が流れる中、真相は全く異なっていたという、これまたタイトルが意味深なタイトルで、本当のことが明らかになっても決して救われるわけではなく、それでも真実を受け入れなくてはならないという辛い話なのだが、こういう話が一本あるだけで、短篇集全体がキリッと締まって良い本となる。 - 『LOVE SYNC DREAM(1)』ジーディー・モルヴァン(作)、藤原カムイ(絵)
- 『LOVE SYNC DREAM(2)』ジーディー・モルヴァン(作)、藤原カムイ(絵)
ジーディー・モルヴァンはフランスの漫画原作者。『LOVE SYNC DREAM』の他に寺田亨の『Le Petit Monde―プチ・モンド』の原作も手がけている。
その他に、ファン・ジャーウェイが絵を手掛けた『ZAYA』の原作も手がけているが、日本では残念なことに1巻しか翻訳されていない。
ニコラ・ド・クレシーの『プロレス狂想曲』はバンド・デシネの漫画家が日本の漫画雑誌に連載をするという形であったが、この『LOVE SYNC DREAM』はフランス漫画の原作者によるシナリオを日本人の漫画家、藤原カムイが漫画に仕立てあげた、いわゆるフランスと日本のコラボレーション作品。
しかし、誰と組もうが、何を描こうが、藤原カムイは藤原カムイで、おしゃれでポップでキュートでそれでいて様々な実験的な表現があったり、あちらこちらにサブカルネタが織り込まれている。どこまでが藤原カムイの部分でどこがジーディー・モルヴァンの部分なのか判別がつかないほど見事に融合している。 - 『海辺へ行く道 夏』三好銀
- 『海辺へ行く道 冬』三好銀
- 『海辺へ行く道 そしてまた、夏』三好銀
もの凄く静かで、何かとてつもない恐ろしいことが起こっているような予兆を感じさせながらも、その恐ろしさはあくまで断片的であり、明確な形として物語の表面には現れない。
そこに描かれるのはたわいもない日常であり、夏休みの自由研究をする高校生の話のだったり、落し物を引き取りに病院まで行って帰るだけの話だったり、主婦に包丁を売りつける詐欺師の話だったり、まあ最後の話は日常生活の話とはちょっと違うかも知れないが、日常生活からかけ離れた特別な事件が起こるわけではない。
まどの一哉の『洞窟ゲーム』にも似た雰囲気があるのだが、まどの一哉のように狂気が見えてこない。何かが変で、それをさほど変と思わない登場人物も変で、言い換えれば、地球人とは思考回路の異なる異星人が地球人の扮装をして地球人っぽい生活をしようとしている風景を覗かせられているといった方がいいだろうか。
この漫画を読む読者は彼らの生活を無理矢理見せられているのだ。
見せられるといえば、三好銀が見せる構図も不安感をかき立てさせられる。
背景にしろ、構図にしろ、どこか変なのだ。
パースもろくに取れない下手な絵だといってしまえば簡単なのだが、下手だったらこうも変に描くことなどできやしないだろう。意図的に不安感を高めさせようとしているとしかいいようがない。
作者の三好銀は2016年8月31日に逝去した
唯一無二ともいえる独特な世界をもう見ることができないのは悲しい。 - 『棒がいっぽん』高野文子
高野文子だったらそもそも作品数が少ないのでどれを選んでも構わない気もする。もっとも現時点での最新作『ドミトリーともきんす』は初めての高野文子としてはちょっとハードルが高い気もするが。
というわけで全作品を挙げてもよかったし、『黄色い本』を選ぶのが妥当なところなんだろうけれども、あえてこの一冊を選んだ。決め手は「奥村さんのお茄子」が収録されているからで、高野文子にしか描きようのないSFでもあるからだ。
1968年6月6日の昼飯に奥村さんが茄子を食べたかどうかというのが物語の焦点にあたる。1986年というのは物語の中では25年も昔のことである。そんな昔のしかもそれほど特別ではない日の昼飯のことなど覚えているはずもなく、そこからいろいろなことが起こるのだけれども、すんなりと読めばそれなりに面白く読むことができる話でありながら、いろいろと考えだすと様々な解釈をすることができ、一筋縄ではいかない話なのだ。 - 『バットマン/ヘルボーイ/スターマン』マイク・ミニョーラ
アメコミというと、いわゆるバタ臭い絵というイメージを持っている人が多いと思う。僕もそんな印象を持ち続けていたのだが、そんなアメコミのイメージを一蹴してくれたのがマイク・ミニョーラだ。彼の描く絵はそれまでのバタ臭い絵とは一線を画して、日本人にも受けやすい絵柄だと思う。影のコントラストのメリハリの効いた切り絵的な趣もある絵だ。そんな彼の作品から一冊を選んでみたいのだが、代表作である『ヘルボーイ』は五冊以上出ているし、後半の作品ではミニョーラは作画をしていない。困ったなあと思っていたのだが、しかし大丈夫。この作品があった。マイク・ミニョーラが生み出したキャラクター、ヘルボーイの魅力を味わう事ができるうえに、さらにクロスオーバー作品なので、タイトルに書かれているようにバットマンとスターマンもミニョーラの手によって描かれていて一粒で二度美味しい作品だ。もっとも、スターマンは日本ではあまり知られていない存在なのだが、知らなくてもそれほど支障はない。 - 『三文未来の家庭訪問』庄司創
『アフター0』の岡崎二郎のようなタイプの作風。
短篇集なのだが、わずか三編しか収録されていない。この本の最後に収録された「辺獄にて」はシンプルな構造の物語なのだが、それ以外の二作品は、そんな部分にまでアイデアを注ぎ込むかと言いたくなるような密度の濃さで、特に表題作は表層レベルにおいてはボーイ・ミーツ・ガールという物語でありながらも、そこに男性という性の多様性のありかたというSF的なアイデアと概念の構築と、そこから発生する社会の変貌というものを描きながらも同時に、そこから発生する社会とは別の社会様式というものを設定しておいて、二つの、実際にはもう一つの社会が存在するのだが、それらの社会を混ぜあわせたかたちで主人公の恋の物語を描いている。
およそSF漫画らしくない絵柄なので画力でもってSFの世界を魅せるタイプではなく、思弁の畳み掛けでSFの持つ不思議さを魅せるタイプなので、一度味わってしまえば面白さがわかるが、漫画としては損をしている部分もある。 - 『海帰線』今敏
46歳で急逝してしまった今敏の一冊。もっとも今敏の場合、漫画家としてよりもアニメーション監督としてのほうが有名だろう。
『PERFECT BLUE』『千年女優』『東京ゴッドファーザーズ』そして『パプリカ』。
アニメーションに携わる前に描かれた作品なので後年の作品と比べれば物足りない部分もあるかもしれない。しかし、前半の、はっきりいってしまえば地味な、それでいて丁寧に描かれていく登場人物たちの心理描写が後半になって一気に一つにまとまって収束していくさまは圧巻だ。郷愁を感じさせる世界といい、大友克洋を彷彿させる緻密に描かれた絵といい、作者がアニメの世界に行ってしまったことを残念に思ってしまうくらいなのだが、アニメの方を見れば見たで今度は急逝してしまったことを残念に思ってしまう。
しかし、それでも作品が残されていてそしていつでもそれに触れることができるということはそれだけで幸せなのかもしれない。 - 『サルタン防衛隊』大友克洋・高千穂遙(作)、高寺彰彦(絵)
2015年、大友克洋は第42回アングレーム国際漫画フェスティバルで日本人として初めて最優秀賞を受賞した。そのときの公式サイトで背景画像として使われていた大友克洋の作品の絵のなかにフランス語版の『サルタン防衛隊』の表紙絵を見つけたとき、おもわずにんまりとしてしまった。『サルタン防衛隊』は大友克洋は原作として関わっただけで、作画のほうは高寺彰彦だったからで、高寺彰彦のファンとしてうれしかったのだ。もちろんこの背景画像の中には同じく原作として関わった『沙流羅』の含まれていたので『サルタン防衛隊』だけが特別扱いだったというわけではない。
訪日中の中東の首長(サルタン)を時期首長の座を狙っている副首長が暗殺を企て、日本にやってくる。その情報を入手した日本側は、副首長が親日派であることと今後の外交的優位を得るために、訪日中の首長の警護に選んだ人物は警視庁のエリートではなく、暗殺を阻止できそうもない問題児ばかりだった。エリートで構成された暗殺部隊と落ちこぼれ問題児たちの戦いという構図は定番ながら燃えるものがある。僕はこの手の物語が大好きだ。はたして警察の落ちこぼれたちはサルタンを守り切ることができるのだろうか。 - 『時の鳥を求めて』セルジュ・ル・タンドル(作)、レジス・ロワゼル(絵)
ここまでストレートなヒロイックファンタジーというのは珍しい気もする。
220ページ弱とページ数は少ない。一般的にファンタジー物語というとやたらと長大な物語というイメージもあるし、日本の漫画の一般的なページ数と比較してみてもやはり少ない。しかし、いざ読み始めるとこれが長く感じられる。一コマ一コマの絵の魅力に魅了され、ページをめくる手が進まないのだ。多分これは日本のマンガが一瞬を切り取って一コマにしているのに対して、一コマに様々な情報を詰め込み、一コマの中で時間の流れの変化さえも描いているせいでもあると思う。だから、全体のページ数は少なくてもそこに詰め込まれた情報量は決して少なくはない。
その一方で、絵の魅力もさておき物語の方も単純な物語ではなく、多少説明不足と思う部分もありながらもそこは想像で補うとして、ストレートなヒロイックファンタジーでありながらも、引退した老騎士と彼の娘かもしれないヒロインの世界を救う旅の物語は、次第に老騎士自身の物語と重ね合わさり、そして最後に一つに重なって行くという凝った構成になっている。 - 『I KILL GIANTS』ジョー・ケリー(作)、ケン・ニイムラ(絵)
外務省が主催する第5回国際漫画賞で最優秀賞を受賞した作品。
頭にうさぎの耳が付いている少女が主人公で、しかも題名が『I KILL GIANTS』と巨人を倒す話しである。だからてっきりファンタジーだと思ってしまうのは間違いで、そこで語られる物語は現実的でちょっと戸惑ってしまくらいにかなり深刻な話だ。
深刻だといってもここで描かれる物語はそれほど特異でもなく今までなかったような新しい物語でもないのだが、主人公がTVゲームではなく、テーブルトークRPGで遊んでいるところや、ある重要な言葉が吹き出しの中で黒く塗りつぶされているという表現方法、そして主人公がカウンセリングを受けていることなどなど、日本とアメリカとの文化的な違いが、ここまで物語として異なるアプローチの仕方になるということは興味深い事柄でもある。いうなれば主人公が抱える問題に対する作者のアプローチの仕方が極めて西洋的であり、論理的なのだ。日本でもアメリカでも多感な時期の子どもたちが抱える悩みに変わりはないけれども、それを漫画で表現するとこうも違う形で描かれるというのは興味深いことだ。 - 『のらずにいられないっ!』寺田克也
5巻以内で完結する漫画を選ぶ際に、出来る限りいろいろなジャンルの漫画を選ぶようにしてみたのだが、選ぶのが難しいジャンルが二つだけあった。
一つはスポーツ漫画。
もう一つはレース漫画だ。
どちらも傑作と言われる漫画は多い。しかし、どちらも傑作であればあるほど、長いのだ。
スポーツもレースも競技を描く必要がある。物語の面白さを描く上で、その競技を描く必要があるので長くならざるをえないのだと思う。
で、さんざん悩んだ末に、スポーツ漫画ではバスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』を選んだ。競技を描かずにバレリーナの人生の方を描いた漫画だ。
そして、レース漫画はちょっと苦しいけれども、自動車を描いたこの漫画で代用することにした。
いつかCaterham SEVENという車に乗りたいと思っていた。もっとも、今でも乗ってみたいという気持ちは少し残っているけれど、この車にのるということは道楽であり、この手の道楽をするにはいろいろと気合を入れなければ楽しむことができそうもないので、今では妄想で楽しむ程度にしている。多分、実際に手に入れたとしても根が不精なのでこまめなメンテナンスとか無理だろうからだ。
しかしこういった、いっぷう変わった車というのは昔も今も好きで、だからこの本も読んでいて楽しい。
とくに、寺田克也の手によって描かれた車たちは、必ずしも写実的ではないのにリアルで、なまめかしくて、さらには愛嬌もあって、こんな車だったら不便なところがあったとしても、はたまたやたらと壊れてしまったりしても、この車にのるということを楽しむ事ができるんじゃないか。そんなふうに、あやうく騙されそうになってしまうくらいになるほど魅力的に描かてれいる。
実際にのることができなくってもこの本をながめているだけで十分に楽しい。 - 『漫画家超残酷物語 青春増補版』唐沢なをき
最後は、こんなにも楽しませてくれる漫画を描いた作者のほうに目を向けてみよう。
唐沢なをきの『漫画家超残酷物語 青春増補版』はタイトルから想像できるように永島慎二の『漫画家残酷物語』全3巻のパロディだ。
だったら永島慎二の『漫画家残酷物語』の方を選んだほうが良かったんじゃないかという意見も出てきそうなんだけれども、さすがに『漫画家残酷物語』は今となっては古びてしまっている。もちろん作品そのものの価値は揺るぎないものだけれども、ここで描かれている漫画家たちは1960年代に生きた漫画家たちで、漫画家に目を向けるという意味だと少し辛い気がする。だったら両方選んでしまえばいいじゃないかという考えもあったが『漫画家残酷物語』は全三巻なので、これを入れると他の作品をはずさなくてはいけないので敢えてここでは現代風にアレンジしたパロディである『漫画家超残酷物語 青春増補版』を選んだ。『漫画家超残酷物語 青春増補版』の最初の話は「サムソン」という題名だが、この作品は『漫画家残酷物語』の中にある「うすのろ」のパロディだ。名作と呼ばれる作品のパロディに挑戦し、なおかつ元ネタを知らなくても十分におもしろい作品に仕上がっている。そしてなおかつ、ギャグ漫画でありながら漫画家というものの業の深さと、オリジナルである『漫画家残酷物語』が描いている若き漫画家たちの苦悩や夢や希望、そして挫折もあますところなくすくい上げている。
さて、これで以上99冊の漫画について触れてみた。
もちろん、これ以外にも5巻以内で完結する面白い漫画はある。
できることならば、100冊目は永島慎二の『漫画家残酷物語』を選んで欲しい。
時代はまた過去にさかのぼり、そして今度はあなたの99冊を見つけてもらいたい。
コメント
突然のコメント、失礼いたします。はじめまして。
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貴ブログを拝読し、ぜひ本が好き!にもレビューをご投稿いただきたく、コメントさせていただきました。
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